■『野村望東尼』出版記念パーティ |
パーティ冒頭、九州大学名誉教授川添昭二先生のご祝辞があり、原稿も頂戴したので、ここに掲載させていただく。
谷川佳枝子著『野村望東尼 ひとすじの道をまもらば』刊行を祝して
川添昭二
野村望東尼や福岡藩については一知半解の素人である私が紹介めいた祝辞を申し上げるのは失礼なことでありますが、著者ゆかりの一端にある者としてお許しください。読後感を結論から申します。
佐々木信綱編『野村望東尼全集』や春山育次郎著『野村望東尼伝』など不朽の労作や、幕末の政治・文学などにかかわる実に数多くの研究を踏まえていることは言うまでもありませんが、画期的な成果で、野村望東尼伝の決定版と言ってよいのではないかと、素人ながら、ひそかに思っております。今後、部分的には優れた研究も出てくるでしょうが、伝記としての大綱は、まず揺るがないのではないかと思われます。
そのように言う理由を若干申します。何よりも本人の研究的資質が優れていることは申すまでもありません。福岡市に生まれ育ち、福岡を体で知っており、実証主義に徹した学室で歴史学を学び、地元や、結婚してからの東京で、多くの優れた指導者に学び、家族の方々を始め関係の方々の長年の協力があったからだと拝察します。
肝心なのは内容です。第一に、なまの原史料を縦横に駆使して叙述がなされていることが挙げられます。既刊の活字本もこまかくチェックされています。これは基礎力と根気がいることです。原史料の最たるものは手紙と日記類などです。手紙は書き手の個性をもろに示し、魅力あるもので、伝記史料としては第一等ですが、ほとんど年付けがなく、いつのものか、その考証には手間がかかります。著者はそれを入念に行い、叙述を不動のものにしています。他も推して知るべしです。『向陵集』は自在に利用されています。関係地域の調査は徹底しています。素材を咀嚼し切った叙述は、分かりやすく、のびやかで、引用している数多くの和歌には懇切・的確な解釈を付けるなど、内容は高度な研究書でありながら、読みやすく、親しみ深い本です。
その叙述を内面から支えるものとして幾つも挙げられますが、何よりも女性ならでは、という点を挙げます。妻として母として、一家の柱としての在りよう、さらにはいわゆる「女流勤皇家」としての活動にもその内面的理解は行き渡っています。深読みにならない抑制も利いており、高い客観性を保っています。
本書の特色は何と言っても、歌人と勤皇、つまり望東尼における文学と政治とが相即して総合的にとらえられている点にあります。福岡藩はもとより、幕末の日本は、まさに激動期でした。著者はそれに関するおびただしい研究を整理・活用し、激変する政情の中での文学活動と、女性の政治参加のさきがけと言われるものの実態を、原史料に即して活写しています。これを取り扱った第四章~第七章は、本書の圧巻です。
その政治参加の実態は、平野国臣・高杉晋作ら志士の救援や京都と福岡との情報交換などで、それが姫島流罪の原因となります。望東尼は、和歌修練の過程でつちかわれた自己確立で、相次ぐ家庭の不幸や流罪などの疎外状況を克服していきます。本書はその辺りを生彩に満ちた筆致で活写しています。
本書からは実に多くのことを学びました。本書の成立と成果そのものが、私にとっては教訓的ですが、歴史学と文学の融合化による高く広い歴史世界の構築を見事に示しており、著者がその点を言挙げしていないだけに、深い感銘を受けました。卑近なことのようですが、家庭内における文化伝達、家庭教育の重要性なども考えさせられました。
このような形での地域文化の地道な掘り起こしの重要性についても深く学びました。このような作業こそが、福岡ないし日本の文化力を高める根源的な営みではないかと、つくづく考えさせられました。
著者の労苦や出版元の花乱社の尽力に感謝し、『野村望東尼全集』を作り直してほしいと念じつつ、刊行をお祝いいたします。
平成23年(2011)5月25日
[この項書きかけ]