■さらなる旅の始まりへ:花乱社・船出して9カ月(転載原稿) |
さらなる旅の始まりへ:花乱社・船出して9カ月
昨年10月に創業、ほぼ9カ月が経った。まさに怱忙の間だったが、一方で随分とはるか遠くまで来たような、未だ振り返る状況ではないけれど様々なことが胸に去来する。
ちょうど半年目の4月1日に企画第一冊目、福岡市在住の写真家・川上信也氏の小型版写真集『フクオカ・ロード・ピクチャーズ:道のむこうの旅空へ』を出版した。
以降4月中に、佐賀大学所属の13人の方が各々の分野からのアプローチで佐賀地域の特性を解き明かした『佐賀学:佐賀の歴史・文化・環境』(佐賀大学・佐賀学創成プロジェクト編)、大分県湯布院町在住の写真家・高見剛氏が20年をかけて撮り溜めたものから精選した大判写真集『天地聖彩:湯布院・九重・阿蘇』、5月に、全国唯一の「公設・民営」の常設劇場「博多座」をたった一人からスタートして興された草場隆氏の『博多座誕生物語:元専務が明かす舞台裏』、そして6月に入り、いずれも30年来の知己と言っていい谷川佳枝子氏の『野村望東尼:ひとすじの道をまもらば』、植木好正氏の画集『人間が好き』を刊行した。
それぞれに出版事情と経緯もあることだし、言うまでもなく当初の数カ月で準備や製作を進め大忙しだったが、3カ月間に6冊を刊行したことに、我ながら今改めて驚く。
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中でも好評を得ている2冊について少し詳しく書かせていただく。
まず、『フクオカ・ロード・ピクチャーズ』の川上さんとは、これまで写真集など3冊の本を作ってきた間柄。花乱社第一冊目には、誰が手に取っても喜んでもらえる本を出したいと考えた。地域の活力や自然景観などへの意識が高まっている現在、一見どこにでもありそうな光景一つ一つが人を佇ませる力とドラマを持っていることを示した旅写真集(ロード・ピクチャーズ)として読んでもらえれば嬉しい。
谷川さんの『野村望東尼』は、高杉晋作、平野国臣ら若き志士たちとともに幕末動乱を駆け抜けた、福岡生まれの勤王歌人の生涯を描いたもの。これは紛れもない労作であり、原稿をもらった後、私は久し振りにずっとワクワクしながら編集作業を進めた。川添昭二九州大学名誉教授よりいただいたご祝辞から一部引用させていただく。「本書は歴史学と文学の融合化による高く広い世界の構築を見事に示しており、このような形での地域文化の地道な掘り起こしこそが、福岡ないし日本の文化力を高める根源的な営みではないか」
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葦書房に10年在籍した後、二人で海鳥社を創業、25年後に一人で“再独立”したのだが、特別な志めいたものがあったわけではない(意地なら大いにあるけど)。通算35年間、おそらく400冊程の出版に何らか関わってきたが、改めて一人からスタートして、どれほどのことがやれるかを自分で見届けたい、という想いがまず第一にあった。「もう残された時間はそれほど多くない」などという(中高年を襲う)“強迫”に急き立てられたくはないが、総体として「人生は短い 何をするべきか」というカズオ・イシグロのシンプルなメッセージには、つい心動かされてしまう。
今更、一人になって何かを始めるということは、他人からの励ましや支えを率直に受け入れ、場合によってはそれを自ら求めていくという立場に身を置くことだ。そもそもが「他人の褌で相撲をとる」この世界、関わってくれる人たちの知恵と力を借りながら、その協同性を存分に発揮し一冊の本に具現できるかどうかが私の課題だと考えてきた。
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販売については、きっと今更ながらの話だろうけれど、再認識させられたことが二つある。
一つは、やはり新聞記事などの効果は大きいということだ。読者からすぐに問い合わせ電話などが掛かってくる。まだまだ新聞・雑誌で情報を得ている人たちが多くいるようだ。
もう一つは、「書店に無かった」という声も多く、出版物が遍く店頭に出ているはずという意識の人が未だ少なからずいるということだ。勿論、amazonなども広く活用されているわけだが、仕入れや棚構成に工夫を凝らしたり、顧客や地域との関係づくりに意欲的な店の方々とお会いするにつけ、この時代だからこそなお一層「書店とともに食べていく」覚悟が必要なのだな、と考えさせられてきた。
それにつけても、何よりまず花乱社の名を知ってもらう必要があり、その意味でも、これからも焦ることなくかつてきぱきと、周りの力を大いに借りながら、一歩一歩、「出版社」になっていかねばならないと思う。
ちなみに、社名は福岡市早良区にある花乱ノ滝からとった(実は、もっと秘めたる想いもあるがここでは書かない)。発音する際、何故かしら我がいずまいを正さなければ、という緊張感が走る。そこが気に入っている。
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このところにわかに、「世界記憶遺産」として山本作兵衛翁及び筑豊の炭鉱のことが取り沙汰されている。当初、私としてはすぐさま、かつての葦書房(『筑豊炭坑繪巻』)及び久本三多氏を思い浮かべたのだが、さらに、当時の先輩たちが「出版社はラーメン屋と同じで、美味しいラーメンが食べたければここ(福岡)まで来てくれ、と言えるような仕事をすればいいのだ」と豪語していたことまでも思い出す。今や、世界から作兵衛画を「買い」に来る時代となった。そして、ご存じの通り博多ラーメンは、全国どころか世界各地へ雄飛しているし、十指を超えるだろう福岡の版元もそれぞれ活躍している。
さて、花乱社もその激戦区の中で生き残っていきたいものだ。幸い6月から、10年間一緒に仕事をしてきた人間がスタッフに加わってくれた。心強い限りであり、一緒に食べていきたい相手を増やしていくのが人生だ。
8月刊行は、鹿児島県出水市在住の詩人・作家岡田哲也氏のエッセイ集『憂しと見し世ぞ』。あの大学紛争期、村上一郎(日本浪漫派の評論家・作家、1920〜75年)と出会った若き日を描いた中篇が柱となっている。もはや出版に限らず、単純な「地方論」が成立する時代ではなくなったが、いかにも暑い土地に住む自称「田舎暮らしの過客」たる著者の、時代と風土と家族に寄せる熱くかつ屈折した想いは、私のものでもある。人と言葉と“美しいもの”を探す旅に終わりはない。
