■『憂しと見し世ぞ』出版祝賀会、あるいはお茶目な大人たち |
鹿児島出張は6、7年振りか。九州新幹線で初めて鹿児島中央駅まで乗ったが、足元のスペースはゆっくりとしているし、片側の3列シート(の場合によっては真ん中の窮屈さ)が気になったぐらいで、まあ別にどうということはなかった。
到着後、何はともあれ鹿児島ラーメンを食べに天文館へ。

今回はネットの「九州らーめん紀行」(たまに的外れの評価あり。特に、ランキング投票者の感覚は少々「ん?」)などで事前にラーメン屋を調べる余裕がなかったので、ぶっつけで商店街の手近な人に聞いて「くろいわ」へ。そこそこの有名店のようだ。さっぱりとしたつゆは「中華そば」と言ったほうがよさそう。焼豚が美味しかった。
ふと、湯切りされスープに浸された麵の上に焼豚やモヤシ、ネギなどを盛りつける係の茶髪男性の「手」に意識が引きつけられた。その(特に親指の)微妙かつある程度様式化された動きはそれなりの熟練を示していたが、それだけに私の目は、盛り付け作業前後の彼の手指──即ち素手──の行く先(例えば客にどんぶりを突き出す際のスープの中へ、あるいは流し台扉の取っ手に下げられたタオルへ)までをも追い続けることになった。──そういえば、我が博多・長浜にも“指浸しラーメン”を出す有名店があったな。
あと、値段のことでは、鹿児島ラーメンの中では750円は安い方かも知れないが、博多感覚で言うと600円というところでは。
その後、天文館界隈、引き返して駅前の書店に顔を出す。ジュンク堂では担当の方が店長まで呼んで下さったし、丸善(この店の、階段を利用した螺旋状の棚配置は好きだ)でも気持ちの良い応対をしていただいた。新参出版社にはこうしたことがとても嬉しい。
祝賀会場のある「東急イン」に早く着いたので、そばを流れている甲突川のたもとで一服。鹿児島中央駅に近いのにどこかうら寂しい趣の川縁、けれど街中にこのような風情を残していることでは親しみも湧く。

祝賀会には90人近くの参加者があった。県知事に鹿児島・出水両市長、南日本新聞社の社長他役員の方々、薩摩酒造社長に15代沈壽官窯代表……と実に見事なメンバーだが、どうやら皆さん、岡田さんの「飲み仲間」とのこと。道理でどの方のスピーチも堂々かつ洒脱で、日頃の遠慮のない付き合い振りが察しられた。代議士連の如く無闇に声を張り上げる人もいず、どこかの首長の如くスピーチ終了後そそくさと退席するなどということもなかった。ご夫妻一緒も、10カップルだとか。歓談中のスピーチにも、ほとんどの方がきちんと耳を傾けていた。こうしたことからも、岡田さんの人との関わり方、そしてそこから繋がり広がっていった人々の輪のあり方が垣間見られる。
ちなみに、岡田さんがこういったパーティをされるのは30年振りとのこと(小社としては、岡田さんに感謝するしかない)。

途中、呼掛人のお一人・沈壽官氏による岡田詩の朗読、それに、南日本新聞社・澁谷繁樹氏がその作成の中心となったと思しき新聞号外形式ペーパー「namba shittotta ka Tetsuya」の配布など、愉快な趣向がたっぷり。きっと、世話役の方たちは幾度か集まり、会の進行について愉しみながら知恵を絞ってきたことだろう。
そして、宴会最後の主役の登壇。スポットライトが当たる中、中央の椅子に腰掛けた岡田さんは謝辞の気持ちを込めた詩を朗読、それが締めだった。


私一人を除きほとんどが互いに顔見知りらしき中、バイキング形式と違い銘々にあてがわれたなかなか美味のコース料理とこれまた本場・薩摩酒造提供の芋焼酎をもくもくと味わう私が、“出来上がる”までにさほど時間は掛からなかった。

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●青春の首締め不惑葬り
詩人岡田哲也は、今、還暦から古希への道を渡っている。最新刊書名の「憂しと見し世ぞ」は、百人一首の藤原清輔朝臣の短歌で、全文は「長らへばまたこのごろやしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき」となる。「コラ、テツヤ、オマエは、今までナンバしとった」の問いに、青春の思い出と覚悟をかみしめた新聞連載などの随筆でこたえている。
1978(昭和53)年出版の岡田の第一詩集「白南風」に、桶谷秀昭は「岡田君がこの十年近く郷里にいてやったことは、青春を殺すことであった」と辞を寄せた。詩集所収の詩の二連が辞と対句になる。「ひそみよるとしつきの襞鞭打つ/黄泉濡れたいまわの遊行」(ものみなは薄明の汀で)
「今際(いまわ)」も「汀(みぎわ)」もこの世とあの世の境。青春の首を絞め不惑を葬り、今際の次の段階、今際の際(きわ)まで、どこに住もうが幾つになろうが、「オレはオレ」と宣言している。
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【後日談】
上記祝賀会から10日後、久し振りに地元「だるまラーメン」(カップ麵も売られている有名店)を食べる機会があった。焼豚・キクラゲは美味かったが、スープが濁り過ぎ(「好みの違い」と言われるかな)で少量過ぎる(「つゆだく」と言えばよかったかな)。これで680円……。「観光客向けラーメン」の趨勢だろうが、これではよその土地のラーメンにいちゃもんはつけられない。