■頑張ったり、頑張りたくなかったり……男たちの闘い |
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だいぶ以前、社長3人がホテルで“心中”した事件に触れ、「今、男たちはどうなっているのか」ということについて、『男はどこにいるのか』、『中年男性論』などの著書もある評論家・小浜逸郎さんと話したことがある。
戦後日本の大命題は、社会的な弱者を守っていかなければならないということで、被差別者、子供、女性……といった存在が次々とその対象として取り上げられてきた。そのことについてはある程度成果を挙げてきたのだが、では、誰がそうした“弱者”を守ってきたのかということでは、働き盛りの男たちあるいは父親という存在について特別に目を向けることはなかった。高度成長期を経た後、弱音を吐くことのできない男たちに“金属疲労”が進んで、いわば社会中枢層に弱体化や空洞化が進んでいるのではないか、というのが小浜さんの見立てだった(当時の成人男性の自殺者数はどれほどだったのか……)。
さて、それから十数年が経ち、社会全般に一段と行き詰まった観のある現在、男たちはどこにいて、何をしているのか──。
大仰な前置きになってしまった。そういう文脈の中に捉えて括ってしまっていいのかどうか迷うが、たまたま最近2冊、父親として、あるいは男として、自分史をも重ねてそれぞれの立場や現場での想いを綴った本を刊行した。年齢は15歳違い、ある意味で対照的なお二人だ。
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まず、太田實氏の『自閉の子・太田宏介30歳──これからもよろしく』(A5判・216ページ・並製本、定価1785円)。
本書の主人公・太田宏介氏は、2歳の時、自閉との診断を受ける。11歳から造形教室、19歳から自立支援の福祉作業所に通い始め、次第に絵の才能が認められて、現在までに個展を15回開催、2002年に福岡市美術館で開かれた「ナイーヴな絵画展」ではピカソ、ルソー、シャガールなどと一緒に作品が展示された。
本書は、その父である實さんが、障害をもつ子の父親が誰しも経験するとまどい、悲しみ、怒りを率直に綴り、やがて良き指導者を得てアートに目覚めていく我が子に、振り向くことのできない現役時代を終えた後、寄り添うことで自らも大きく変わっていった経過を記したものだ。
本書の魅力は、まずは、赤裸々と言っていいほどの語り口にある。「私より早く宏介死なんかなあと、そればっかり思っていた」と記す太田氏の、地声による独白体のごとき筆致は、宏介氏の日常のみならず妻や長男、娘、すなわち家族全員の在り様にも及び、さらには自分自身の変貌までをもくっきりと浮かび上がらせてしまう。
その意味で本書は、“父親再生”の記であると同時に、宏介氏をその中心に置いた家族の絆の物語でもある。こうした立場の父親の手記自体が珍しいが、きっと一般の子育てや父親たちにも大きな示唆となるのではないか。

次に、桃井正彦氏の『拝啓 文部科学大臣殿 がんばろう、日本の教育』(四六判・216ページ・並製本、定価1575円)。
桃井さんは大学卒業後、行橋市役所に勤務し主に広報などを担当するも、元々の夢であった教師の道を諦めきれず、33歳の時に高校教員採用試験に合格したという経歴を持つ。
今年50歳、教壇に立てる年月が少なくなったと感じる年齢となり、子供たちや後輩教師たちのために何かできないかと考えていたところに、あの東北大震災。
この国難とも言える危機をどう克服していくかに、日本人としてのあり方が問われており、被災地の復興なくして日本の復興はありえず、そして将来、その中心となって活躍してもらわなければならないのが今の若者たち。その意味で、今後の教育のあり方は日本の復興に大きく関わっていく──このような主旨で桃井さんは、大臣宛の書状の形を借り、教師たち、家庭、そして地域社会について、現状を直視した上でさまざまな提言をまとめた。
今の学校では、訴訟に備えて保険に入る教師がいたり、裁判員制度が導入されたにも拘らず社会制度や法律・理念などを教える公民科の授業が減らされていることなども知らされるが、行き過ぎたデジタル化は教育を滅ぼす(教科書を入れた鞄の重さで学ぶ)、携帯電話は暇つぶしの道具ではないなど、熱い“昭和のオヤジ”の面目躍如たる記述もあって壮快だし、声を挙げる勇気は貴重だ。

[カバー画は、桃井礼さん小学6年時制作の絵]
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片や、やや斜に構えて「頑張らない」をモットーする父親(ただし太田さんは、同書を書き上げるまでのことでは「つい、頑張ってしまった」と言う)、此方(こなた)、「頑張る」という言葉が大好きだと真っ直ぐに言う教師。一見真逆なようだが、たとえ時代逆行的であろうとも我が道を行こうとする頑固者同士。男たちもまだまだ、自分自身の志操のみならず、大切な誰彼を守るために闘っているではないか、と思ってしまう。
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【追記】『自閉の子・太田宏介30歳』の中では、宏介氏の作品を合計32ページのグラビアで紹介している。ここで2点を掲げる。
もっと見たい方は→太田宏介 公式ウェブサイトへ。

[アカミミガメ 四ツ切 1997年]

[アルゼンチンゴリラ F8 2008年]