■釜山ロッテで「少女時代」のことを考えてしまった |
数えてきてはいないけど、釜山行きはおそらく20回を超えているだろう。毎回何か新しいことをと思うが、いつも事前に全く時間がなく、行きの船内や機中でようやくガイドブックに目を通すことになる。今回はJR九州のお勧めに従い、初めて大邱(テグ)まで足を延ばすことに。
ビートルを降りると、さすがに福岡より気温は2度程は低そうだ。街行く人もダウンジャケット姿が多い。毎度思うことだが、韓国第二の都市、400万人近くが住む街にしては、日本のように、いかにもサラリーマン風の格好をした人が少ないのはなぜだろう。地下鉄に乗っても、スーツ姿はほとんど見かけない。
ただし今回、そのカジュアル・スタイルで気になったのが、全体に暗い色調が目立つこと。季節柄も多少あるかも知れないけれど、あの派手な蛍光色好みの人たちのセンスもさすがに変わってきたのか……と思ってしまった。しかしこれは、長引いている不況のせいと考えるべきか。不景気がファッションをシックにさせるのは世界共通。黒っぽいのは若い女性に顕著だったが、そこは韓国、彼女たちの過激さは健在だし、視線をそらすことなく街を闊歩する元気さは相変わらずだ。
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大邱は慶尚北道の道庁所在地、人口約250万人。釜山駅からKTX(韓国高速鉄道)に乗り、約45分で東大邱(トンテグ)着。1000円程度。半分以上がトンネルの中だった。沿線の景色をしっかりと楽しみたいのならセマウル号に乗ったほうがよさそうだ。
地下鉄を使い、最初に大邱タワーへ。初めての街では、まずはできるだけ高い場所から全体的な俯瞰を得たい。
内陸盆地なので、釜山よりさらに2度程低いか。風も冷たく、福岡ではあまり経験しない気温に感じる。
地下鉄駅から徒歩で頭流(ドゥリュ)公園内にあるタワーを目指す。途中、道を聞いた中年女性は、私の腕を抱きかかえるようにし、懇切に教えてくれる。このような扱われ方は久し振りだ。
この寒さの中でも、頭流公園では子供たちが遊んでいた。
タワー上からは、この都市が、北東にある八公山(パルゴンサン。1192メートル)のなだらかな山裾に広がっていることが見て取れた。タワーに併設されたロープウエーで公園入り口まで戻る。ロープウエーでタワー下まで行けることが分かっていたなら、行きに雪道を登る必要はなかった。
[大邱タワー上から見る中心部]
[ロープウエーから]
さて、大邱でのもう一つのお目当ては、これもJR九州お勧めの「韓方蔘鷄湯(サンゲタン)」。漢方薬専門店街の中にある店で、ここの鶏は5種類の漢方薬と一緒に煮込まれた逸品とか。
結果は非常に満足。スープはあのレトルトパックのサンゲタンのごとくに漢方薬臭くないし、鶏身も綺麗に原型を保っているがしっかりと煮込まれていることが分かる。これだけを食べに、2000円を払って大邱にやって来てもいいかも知れない。
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今回、夜の時間のために、初めてラジオを持参した。マッコリを飲みながらFM放送にチャンネルを合わせると、十数局程が鮮明に聴こえる。ふと、囁きかけるような韓国・朝鮮語が耳に入ってきた。
それはアナウンサーらしき若い女性の話し声で、あの甲高い演説口調でもないし、市場や飲食店で耳にする早口とも異なる響きを持っていた。NHKラジオ深夜放送の、“おとな”の時間の声とも違う。
抑揚を押さえた、知性のみならず色気さえ感じさせる、静かな語り口。とりわけ、語尾の「ニダ」や「ダ」がとても心地よい。何をしゃべっているのか全く分からないが、ただ聴き入るしかなかった。ハングルが世界で最も美しい言語だ、というのは聞いてきたことだが、それはあくまで文字表記の話。韓国・朝鮮語が、このように美しく発声できる言語だったとは──。
そして私は、自分自身の中にその伏線体験があったことに気づいた。それは、昨年、NHKテレビで「少女時代」の特別番組(「少女時代スペシャル」)を観ていたことだ。この番組は好評だったようで、私が気づいた限りでも2回アンコールされた(勿論すべて録画済み)。その中でメンバー9人揃ってのインタビュー・トークがあり、一人一人がしっかりと自己の考えを述べていることに感じ入ったのを思い出した。
今をときめく人気グループのことだし大枠はあらかじめ準備された発言だったろうが、それでも、あのトーク映像は、生身・等身大の「今時の若い韓国人女性」を映し出していた。発言の中でも、ユリの「ダ」の発音は奇麗だった(ちなみに私はティファニーのファン)。
AKB48も悪くないが、「少女時代」メンバーの容姿の美しさと音楽性は圧倒的だし、どのみち少女たちの“成長ストーリー”に付き合うのなら、「少女時代」の世界戦略が一体どこまで行き着くのかを見ていたい。
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今回の釜山では、改めて街行く人々を篤と眺めてしまった。欧米人にひけを取らず、すぐにもモデルとして使えそうな姿形の若い男女が普通にいる一方、民族服を着せればそのまま旧い絵の中の人物になってしまうような小柄な高齢者もいる。そのビジュアル面の隔たりは甚だしく、それだけでも、現今のこの国での様々な事柄において世代間に横たわるギャップを想像してしまう。「儒教の国」といわれる韓国では今、若者にどのように伝えられているのだろうか。
私がどうのこうの言うことでもないが、対北朝鮮関係にある程度枠づけられた社会・思想教育、根強い立身出世物語と階層格差、日本の先を行く少子化率、そして美容・整形やファッションに端的に示される美女・イケメン偏重ブーム……こうしたいわば暗黙のものも含めた「画一=他者指向性」は、どれほど若い世代を“しばり”(同調圧力と言うらしい)に掛けていることだろうか。
帰りに港に送ってくれた旅行ガイドは、近年、韓国の(特に若者の)自殺率が世界1、2位を争う状況だと教えてくれた。離婚率も同様で、特に結婚して間もなくのケースが増えていることから「成田離婚」ならぬ「仁川(インチョン)離婚」という言葉が生まれた、と。ちなみに、中高年の場合は「黄昏離婚」。
──なんだか暗い話で終わりそうだ。生きていくことの困難さにおいて今や日韓どちらが“先進国”か、などということを書こうとしたのではなかった。
ただの物見遊山者として、これからも韓国・釜山に行きたい。レトルトでないサンゲタンを味わうために、腕を抱えながら「このまま真っすぐに行け」と教えてくれるおばさんと出遇うために、そして、あのクールな色気に満ちた囁き声に浸るために。……もひとつ、今回買いそびれた「少女時代」DVDのためにも。