■海と歴史と子どもたちと──高田茂廣先生遺稿・追悼文集 |
昨年1月に刊行会を立ち上げ、出版のための醵金と追悼原稿を募り、秋口から編集・制作に着手、途中幾度か編集会議を持ち、あれやこれやでおよそ7カ月。案内すべき関係者の把握に手間取ったり、編集委員もそれぞれボランティアなので頻繁に集まるというわけにもいかなかったりで、当初の刊行予定が大分ずれ込んだが、4月29日(高田先生の84回目の誕生日)に本のお披露目会をしようと決めて以後、この1カ月程は拍車が掛かった。今晩はやや虚脱状態。
最終的に103名の方から醵金を、35名の方から追悼原稿をいただいた。執筆陣は学校教育、地方史研究、それに古文書講座などでお付き合いのあった方々で、いずれも想いのこもった原稿ばかり。これだけ幅広い分野から追悼文が集まるのも珍しいのではないだろうか。

高田茂廣(たかた・しげひろ)氏は、1929年福岡市西新生まれ、2009年9月11日逝去、81歳。福岡学芸大学(現・福岡教育大学)卒業後、三十数年間、福岡市内にて小学校教師を勤める。52歳で教職を辞し、1991年まで福岡市立歴史資料館の嘱託として主に海事史を研究。その功績で1993年に西日本文化賞を、2001年には、会長を務める福岡地方史研究会 古文書を読む会編纂の『福岡藩朝鮮通信使記録』が福岡県文化賞(奨励賞)を受賞。福岡地方史研究会(幹事)、日本海事史学会、福岡部落史研究会(現・社団法人福岡県人権研究所)に所属。
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今回、ご本人の原稿としては、玄界灘の防備と監視、長崎警備、朝鮮通信使の受け入れなど、全国的に見ても重要な役割を抱えていた近世筑前の「浦」について概説した代表的論文「近世における浦の実態」、明治初頭の解放令後、福岡の被差別部落に家庭教師として入っていった青年教師とムラの青年たちとの交流を描いた小説「道なお遠く」、先生の地元・福岡市早良(さわら)地区の炭坑や街道・宿場町、火災、牧場、神社・祭り、製塩などについて綴った歴史随想「早良つれづれ話」、それに30〜40代に『日本短詩』(1950年創刊、日本短詩の会)に発表された「詩篇」を収めた。
「早良つれづれ話」から、郷土愛にあふれた一文(「古代感愛」)を抜粋する。
【「さわら」。私の生まれ育った故郷の誇るべき地名であり、私は今もかつて「早良郡」と呼ばれていた地方の一部である能古島に住んでいる。
もう十数年も前になるが、早良という所は古代王城の地ではなかったかと考えたことがあった。脊振山を頂点として北へ連なる二つの山稜。この二つの自然の城壁にも似た山々に囲まれた早良平野。中央を室見川が流れ、北は博多湾に面している。しかも、そこに残された弥生時代から古墳時代にかけての膨大な遺跡の数々。古代史や考古学には無縁の素人の私が、我田引水的思考の結果として「早良王城説」を唱えたくなるのも当然のことであろう。
硬直した姿勢で語られた歴史は面白くないものである。「史は詩である」という言葉が好きなのだが、ときには心を広くして、ときには思い切り遊んで、ときには空想に浸ることも必要なことであろう。ただし、それは個人の心の中に秘められていなければならないという条件があろう。】
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さて、ひょっとして生前に先生からかつて詩作をしていたという話を聞いたかも知れないが、「詩篇」は私も初めて見るものだった。多く、島や学校、子どもたちのこと、それに孤独・憂愁を歌う。少し抒情に傾きすぎているものもあるが、発表時期は1964〜73年。突然、詩作を断念した感がある。先生は、短期間ながら能古島で隣り合って住み交流のあったたことから「檀一雄の最後の隣人」と言われるが、その檀氏が能古島にやって来たのが1974年。この時間的符合は、単なる偶然ではないだろう。能古島の庶民史を綴った最初の著作『能古島物語』が1971年発行なので、次第次第に歴史の方に関心が移っていったものと想像できる。
けれど、いつも「史は詩である」と言い、歴史論文においても、どこまでも庶民の側に立ち「私」を感じさせる文章を書き続けたところに、高田茂廣という人の底流にある文学性を思う。誰しも、若き日に出合った「歌」とはいつか別れなければならない。そして、一旦そこで嚙み殺した青臭いロマンティシズムをどのように「再生」させるかが、広い意味での「文学」の課題だろう。どんな分野であれ、そうした事情・機微を理解しない人の文章ほどつまらぬものはない。
帯に引いた詩の全体を掲げておきたい。
美しければいいんだよ
のうぜんかずら
毒の花だそうだから
胸にかざろう。
──ふりむくなよ。
美しければいいんだ
遺伝の体質をなげくまい
美しければいいんだよ。
──のうぜんかずら。
もたれかかって大きく咲いた
肉色の、のうぜんかずら。
土に這ってでもいいから
──背骨がほしい。
何もかも遺伝かよ
のうぜんかずら。
意志は
──どの木にまきつくか。 だ。
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『海と歴史と子どもたちと──高田茂廣先生遺稿・追悼文集』
編集・発行=高田茂廣先生遺稿・追悼文集刊行会
発売=花乱社
A5判・408ページ・布クロス貼り上製本・カバー巻き
定価(本体3000円+税)
500部限定(一部、一般販売に充当)
*今月末には出来上がりますので、ご一報いただければ直送します。