■今、書店が直面する困難──『金文会百年史』のこと |
金文会とは、1914年、久留米の書店菊竹金文堂の店主であった菊竹嘉市が、10年の年季奉公を終えた店員を独立開業させ、折に触れ招集した会として始まった。いわば──特に初期は家族的と言える──かなり絆の固い書店グループで、最盛期は60人(法人)近くが所属していたという。
出版業界全体の中の流通部門なので一般には会名が出ることはほとんどないが、私がこの世界に入った1970年代においても、盛名を誇る“販売集団”としてその名を知らない業界人は居なかったほどだ。毎年正月に行われる会主催の「新年互礼会」には、全国の出版社や取次会社などから200人程が駆け付けるという状況が今でもある。
実は、最初の会社に在籍の時代、私は同会70年誌制作の一端を担った。30年以上一つの仕事をやっていれば色々なことに遭遇するが、この巡り合わせは真に嬉しいことで、やや大袈裟に言えば「運命」とすら思った。
この2年間、基本は月1回だが、都合30回近く編集会議を行った。編集委員は皆さん書店主。この期間は、今現在、出版流通の前線を司る書店がいかに困難な状況にあるのかを目の当たりにする得難い機会であり、それ故さらに情報収集や意見交換や研修を重ね、「商い」として継続させていくための真摯な努力を続けている人たちの姿に打たれる日々でもあった。
会誌としての柱は、会員の大石宏典氏(前原市・大石金光堂)が綴った「金文会の歩みと人物列伝」。これは会の歴史をあまり表向きにしたくない部分まで描いたもの。戦時期を含むそれぞれの時代の中、いかに本を売っていくか、様々な努力や人間ドラマを描いて興味が尽きない。また、金文会を一企業と見立て、「百年企業の要件」として、伝統の継承と革新がバランスよく実践されていることが大切だと説いているあたりは、「商いの道」を考える場合に広く参考になるのではないだろうか。
少し知られているように、リアル書店が今直面している事態を括ってみれば、「本離れ」という全般的傾向は措くとして、アマゾンを代表格とするネット書店の急速な台頭、ナショナルチェーンの全国展開と中小都市に根差した書店の衰退(これは多く商店街の空洞化と軌を一にしている)、それに電子書籍の登場だろう。
そこで、特に地方都市に在る書店では、電子書籍専用端末(デジタルブック・リーダー)他、本・雑誌以外の商材を取り扱ったり、喫茶・飲食店を併設するなどの対策を迫られることになる。
*
そうした書店の多角化や電子書籍に関しては、本書に収録した講談社・小学館両社長の談話が興味深い。
率先して電子書籍に取り組まれている野間省伸氏は、
「紙と電子をどうやって進めればうまく相乗効果を生むほどになるのか、あるいは補完効果なのか。それは分かりませんが、分かったことの中から仮説を立ててやっていかなければ、アマゾンに電子のシェアを取られたら、紙もどんどん持っていかれることになるでしょう。そうならないように何をすればいいのか、みんなで考えなければいけないのではないでしょうか」(インタビューより)
と語り、出版以外の事業に早くから取り組んでこられている相賀昌宏氏は、
「この百年間ではいろいろと起こり、いろいろな経験をしてきたので、これを振り返って、もう一度仕事を広げていくのがとても大事だと思います。(略)新しいものも大切だけれど、過去の経験というものがすでにあるので、これをもう一回振り返ると、まだやることがあるのかなと思っています。単なる共有・共同化以外に、新しい仕事をお互いに開発するのはどうしたらいいか、とか」(座談より)と。
非常に共通する部分と力点が微妙に異なるところがある。
*
本書にはその他、シニア会員及び青年部会員による座談も収録、いずれからも、なりわいとその継承・改革をめぐる考え方、また書店人としての切実な関心や日々の精進が伝わり、やはり会誌内に留めておくのは惜しいものだ。
全編中、とりわけ私が胸を打たれたのは、“出版の未来を担う人材は育っているか”として、前記小学館の相賀氏を囲む座談での会員山本秀明氏(広島市・金正堂)の発言だ。
今の話は、物が現在あるということですね。今後20年を考えた場合、そうしたアイデアを出してくれるのが、出版社とか、著者だとして、それが今育っているかどうか。いい商品ができないと、僕らも駄目になるし、版元も駄目になる。出版社でもいいし、出版社が今抱えている著者でもいいけど、若い連中で頭脳を持った人たちが育ってきているのか。その部分がものすごく心配です。でも、それをやっていかないと、文字文化は潰れていきます。そのへんをやっぱり業界で考えていかなければいけない。今ある物だけの話ではなくて、新しく物を作るという段階を考えていないと、駄目だと思う。去年はミリオンセラーが出ていないとか言っているけど、そういう作者がいないから出ないし、そういう作者の原石を探し出せない編集者になっているのではないか。そこを掘り出して、そういうものを作っていく土壌を作っておかないとちょっと、これからは難しい。
ここには、「これからは電子書籍だ!」という時流に乗り遅れまいとする前に、「出版」もしくは「商い」の原点にまで遡って考えようとする姿勢がある。
さて、「生き残りたい」という想いは、出版者たる私も同じ。その際、ここで蛇足かつ今更ながら持ち出せば、生き残るため──やはり「必要なのは、愛と勇気と幾らかのお金」(チャップリン)ではないだろうか。
さらに言えば、私も大いに反省すべきところはあるが──1冊でも多く、町の書店で本を買わなければ。
★以上は、ブックガイド誌『心のガーデニング:読書の愉しみ』最新号寄稿分に加筆したもの。
→花乱社HP