■アサリが棲めない海にノリ養殖の未来もない──『森里海連環による 有明海再生への道』 |
「品切れ→増刷」問題はある面悩ましいことなのだが(→贅沢かつ貧乏臭い話──松下竜一講演録『暗闇に耐える思想』全国版紹介記事)……それはともかく、このほど、分野としてはやや異なるものの、「だれかの健康を害してしか成り立たぬような文化生活であるのならば、その文化生活をこそ問い直さねばならぬ」(「暗闇の思想」1972年)と問い続けた松下氏と同じ目線に立った本を選書5冊目として刊行することができた。
NPO法人SPERA(スペラ)森里海・時代を拓く編/田中克・吉永郁生監修『森里海連環による 有明期再生への道──心の森を育む』(1728円)。

諫早湾干拓の潮受け堤防の開門/閉門が行政・司法をも巻き込んで論議され、いわば押しも引きもできない状況となっているが、本書はそこに「自然とともに生きる」という根本的な価値観に基づいた提言を行う。
2010年より、森から海までをつなぐ視点(森里海〔もりさとうみ〕連環)に立ち、「有明海再生」を目指す研究者が母体となって進めてきた調査の成果と、それを地元市民サイドから支援しようと、「人の輪づくり、心の森づくり」をテーマに、NPO法人を立ち上げるまでになった人たちによる干潟再生実験などの活動の軌跡をまとめた本である。
この「有明海再生」を目指す啓蒙活動は、まず2010年10月、手づくりのシンポジウム(於柳川市)として出発、以降、関係・協力者の裾野を広げながら現在まで3回開催。スタート早々に起きたのが、東北地方太平洋沖地震である。
巨大な地震と津波に襲われた東北太平洋沿岸域において、「海は必ず復興する。海辺は壊滅しても、確かな森がある限り」と、家業・牡蠣養殖の復興に着手されたのが気仙沼の養殖漁業家・畠山重篤(しげあつ)氏。「森は海の恋人」というキャッチフレーズで知られ、2012年、国連のフォレスト・ヒーローズ(森の英雄)に選ばれた畠山氏も、シンポジウムのパネラーとしてその柔軟で独創的な考え方と取り組みを存分に語っている。
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監修の田中氏は京都大学名誉教授で、専門は水産生物学。吉永氏は鳥取環境大学教授で、専門は海洋微生物学、微生物生態学。本書刊行にあたり田中先生からいただいたメッセージを紹介したい。
【海の豊かな恵みに活かされてきた海洋国日本。目先の都合を優先する私たちの暮らしや産業の在り方のツケが沿岸域に集中し、ニホンウナギが絶滅危惧種に指定され、アサリも日本周辺の海から姿を消そうとしている。この問題を放置したままで、続く世代は幸せになれるのであろうか。その “試金石” は有明海なのである。
かつて有明海は、世界的に見ても類まれな豊かな “宝の海” として、ウナギやアサリにあふれ、ムツゴロウをはじめこの海にしか生息しない多くの特産種の宝庫であった。その豊かさの秘密は、森の恵みが川を通じて海に流れ、海の生きものたちを育み続けてきたことにある。有明海を特徴づける干潟も森の恵みであり、この海の “腎臓機能” を担う存在である。しかし、今では異変を超えて瀕死の深みへと落ち込みつつある。
“宝の海” の再生は干潟の再生にあるとの考えのもとに、市民・漁民・研究者・大学生の共同の輪を広げ、次の時代を担う小中高生を包み込み、“心に森を育む”取り組みが柳川を拠点に始まった。
本書は、未来志向の価値観を“森里海のつながり”より広め、東北で生まれた “森は海の恋人” の世界を実現する、現在進行形の物語である。それは、今まさに進められている三陸沿岸の震災復興に共通する全国的課題である。】
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感銘深いエピソードがある。第1回シンポジウムに参加された佐賀県太良町の潜水漁師・平方宣清氏の発言、「森里海のつながりとその再生という理想の話は、頭の中では分からないことはないが、私たちは明日をどのように生きようかと困り果てている。それにつながる道を教えてほしい」──が、その後の干潟再生実験へと導く大きな転機となった、という話だ。
平方氏は管理されているアサリ漁場を実験に提供。1万5000平方メートル程の区画に、職業・年齢など極めて多様な30名近くがボランティアとして集まり、微細藻類の繁殖促進、アサリなど底生生物の餌環境改善、酸素供給などのため、キレートマリン(漁場回復剤)を設置。5~6年間も全く収獲できなかったのに、調査開始2年半で漁場の底質が改善され、アサリの稚魚が発生、2014年春には “アサリの潮干狩り復活祭” を行えるほどになったということである。
SPERAのメンバーや干潟体験をした地元高校生も「有明海再生」への想いを綴っていて、科学的見地に基づいた環境教育とその実践がどれほど大切かを考えさせられる。
[8/27最終]
→花乱社HP