■今、釜山の若者はどこで飲み会をしているのか |
今回の初体験予定は幾つかあった。
観るべき所としては、まず、近年、斜面に並ぶカラフルな家々が話題となっている甘川文化村(ガムチョンムンファマウル/地図では左下部)。次に、海雲台(ヘウンデ/同じく右)の東はずれにある眺望地・月見の丘(タルマジコゲ/地図では範囲外)。そして、韓国の市場好きの私がこれまでほとんど意識してこなかった、南浦洞(ナムポドン/中央下部やや左)西側にある富平市場(プピョンシジャン)。
食事については、参鶏湯(サムゲタン)を筆頭にこれが私の釜山行きの一番の目当てだし、今回も初体験のメニュー及び店はあったが、基本的に省く。
そしてもう一つ、忘れるわけにいかない釜山の夜の大きな楽しみがあった。これは末尾に記述。

●21日
夕刻間近、海雲台(釜山のリゾート海岸域)の街中でふと見上げると、西の空が薄くピンクがかってきている。そもそもあまり良い天気でもなかったので顧慮していなかったが、棚引いている雲が見る見るうちに染まっていく。
急ぎタクシーに乗り、月見の丘へ。だが、初めての地なので、丘といってもホテルやマンションなどが立ち並んだ広い地域を指す呼称らしく、どこまで進めばよいのかが分からない。片言英語もほとんど通じない運転手は「どこのホテルだ?」と聞き返すばかりで、まさか夕焼けが見たくてこの丘まで車を走らせて来たとは思っていなさそう。
とりあえずの高台部で車を降りてなんとか歩道から夕空を眺めたが、途中の車中で振り返って見た空一面の色合いが忘れられない。たかが夕焼けにこれほど悔しい気持ちになるものか。同じ太陽なのだが、福岡での日没はどうだったろう。

絶好の展望地は、少し戻った場所にあった。夕暮れというには遅すぎた。空が複雑な彩りのまま刻々と濃度を深め、最後は闇に沈む。手前は冬柏公園付近、奥に広安大橋。


●22日
甘川文化村へは、釜山第一の名所と言っていいチャガルチ市場の次の土城駅からタクシーで。駅から地上に出るとすぐに、斜面にへばりついた家屋群が見て取れる。
言葉は分からないが、タクシーの運転手は「このところ日本人(イルボンサラム)がやたらに来る」とぼやいていたようだ。運転手任せで車を降り(地図では「05」の下か)、下り方向に歩き始める。


そもそもここは、朝鮮戦争当時、北部から脱出避難して来た人たちが住み着いた地域らしい。その意味で朝鮮半島の現代史の痕跡を如実に残している、と。山裾に連なる「階段式集団住居」は、前の家が後ろの家を遮らないように建てられていて、互いを思いやる民族文化の原型と伝統を保存している、と案内板にある。「釜山のマチュピチュ」(空中都市の意か)とも喧伝されているようだ。規模も趣も大分異なるが、やはり斜面に作られたレトロな町として、5月に行った台湾の九份(きゅうふん)を思い浮かべる(→幻惑的台湾、そして高度1万メートルの夕暮れ。長い記事最終部近くに記述)。

この地域は「アート系路地集落」ともいわれているようで、屋根や壁が色づけされ、路地のあちこちにオブジェが並んでいる。ほんの一部を見た限りでの話だが、いずれもアートとか芸術とかと言うほどのものではないにしろ、家々の彩色だけをとってみても、この国の人々の目立ちたがりな気持ちと徹底・過激性と(粋とは程遠い)カジュアルさが示されていると感じる(考えてみれば、私の好きな「少女時代」のプロモーションだってそうだ)。要するに──勿論日本だって変わりはしないが──何でも「売り」にできるのだという好例。


斜面を縦横に走る路地を、右に左に振れながら進む。小さな庭の中や軒先であろうが、ともかく下りに道をとれば麓のどこかに出るだろう。高い所からボールを転がして遊ぶ玩具を思い出す。

展示されていた1958年撮影の同地。

チャガルチ市場近くの影島大橋(ヨンドテギョ)。2013年、47年振りに復元された、南浦洞と影島とをつなぐ跳開橋。

南浦洞散策。


休憩した名曲喫茶店にて。釜山でも美味しいコーヒーを出す店が増えた。階段にあっては可哀相な気がして、試しに「あのバッハは売り物か?」と店の女性に問うと、「違う」と。さらに、少し経って、翻訳機を持って来て画面を見せる──「展示品」。何でも売っているわけではないんだ。
しばらくしてその彼女は、シェリングの『無伴奏ヴァイオリン・ソナタ』をかけてくれた。勿論、私の好きなシャコンヌが始まるまでその店に居ることはなかったが。


南浦洞ロッテ百貨店・光復店(2009年オープン)屋上から。今回初めて訪れたが、釜山タワーに登らなくても、眺望に関してはここで充分だ。

デート・スポットにもなっているようだ。

残念ながら、南浦洞地域の背後に居並ぶ、500メートル級の山々に日没が遮られる。


今回、南浦洞のメインストリート・光復路(ガンボッロ)及びその北側・国際市場(クッチェシジャン)付近の人通りが少ないように感じた。曜日や時間帯もあるのだろうけど、脇道の露店でも宴会真っ盛りという風景をあまり見掛けなかった。
光復路にて。

ところが、富平市場へ向かおうとして、「チョッパル(豚足)横丁」とも呼ばれている辺りに差し掛かると、路地の縦横、店前に出されたテーブルで食事中の人たちがわんさかと居る場面に遭遇。そうか、こうした所で飲み会をやっているのか。何を食べているのか分からないが、いずこも大声・高笑いだ。
そういえば、近年、随分以前よりガイドブックで紹介されてきた「観光老舗」的なレストランが、いつ訪れても結構空いているのが気になっていた。どうやら、地元の人たちがそうした(割高でもあるだろう)店を次第に避けてきたことで、昼夜の繁華街の分離もしくは繁華街自体の中心移動が進んできているのではないだろうか。

23日昼の「チョッパル横丁」付近。

近年、韓国でも初の試みとして「夜市場」が話題になっている富平市場(カントン市場とも)。昼間は肉・魚・野菜・果物・日用品を求める地元の買い物客で賑わい、日が落ちてくると両側の店はほぼ閉まり、メイン通りにボックス型の小さな屋台(ブース)が並ぶ。ちょっと素人くさい若者が呼び売りをし、簡素だが各国料理も出ていた。

さて、釜山での大事な夜の楽しみ。
私には、2年前の1月、偶然に聴いて以来、忘れられない響きの声がある(→釜山ロッテで「少女時代」のことを考えてしまった)。FMラジオCBS局(多分102.1MHz)、おそらく夜10時からの1時間番組(曜日特定があるかどうか不明、今回は月曜日)での、女性DJの囁き系トーク(局のアナウンサーではないように思う)。

これまでは聴きっぱなしだったが、今回思いついて、その声をデジカメで録画(録音)し、ユーチューブ公開にトライしてみた(やり方がまずいのか、そのままリンクが張れないので下記アドレスをコピペして下さい)。ほんの触りだけで1分程で切れるが、知性とセクシーさが絡み合った心地よい声を聴いてみてほしい(何をしゃべっているのかは……知りたいような、知らないままでいたいような)。窓の景色は、ロッテホテルの27階から。
どれほど美味な参鶏湯(フォアグラでもいいけど)の味よりも、もっと直截(ちょくせつ)に鷲摑みにされてしまう “耳の記憶” というのがある。
http://www.youtube.com/watch?v=5a-G_0tqFt4&feature=youtu.be
*なお、前回味わい損ねた豚足スライスを、国際市場で見掛けた専門販売店らしき小さな店で購入、何事もなく(?)自宅に持ち帰って食べた。これを食すのは、多分二度目。「食」への飽くなき追求において、やはり我々は韓国人、ましてや中国人に勝てないのではないか、と思わせられる代物だった。
[10/3最終]
→花乱社HP