■週替わりの夕暮れ[2015.1.4]と映画『インターステラー』 |
自宅近くの公園より。都市高速が少々邪魔だけど、このフェンスは景観の一つとしてもう見慣れてしまった。夕暮れの輝きを予感させる濃いクリーム色。
![■週替わりの夕暮れ[2015.1.4]と映画『インターステラー』_d0190217_23503389.jpg](https://pds.exblog.jp/pds/1/201501/04/17/d0190217_23503389.jpg)
厚い雲を切り裂いて落日が顔を覗かせる。
![■週替わりの夕暮れ[2015.1.4]と映画『インターステラー』_d0190217_23442666.jpg](https://pds.exblog.jp/pds/1/201501/04/17/d0190217_23442666.jpg)
賑々しい落日の名残。
![■週替わりの夕暮れ[2015.1.4]と映画『インターステラー』_d0190217_23444165.jpg](https://pds.exblog.jp/pds/1/201501/04/17/d0190217_23444165.jpg)
ここに来るといつも空の大きさに気持ちが解放され、内心にわだかまっているあれこれがちっぽけに感じられる。ふと、昨日観たSF映画『インターステラー(Interstellar)』のことを思う。
人類救済の任務を背負い宇宙へ飛び立った飛行士クーパーは、様々なトラブルに見舞われ乗り越えた末、一人宇宙空間を漂うことになり、ワームホール(時空構造の位相幾何学として考えうる構造の一つで、時空のある一点から別の離れた一点へと直結する空間領域でトンネルのような抜け道である──ウィキペディア)に吸い込まれ、5次元の世界に迷い込む。そこでは様々な時間軸上にある場所(特定場面)とコンタクトが可能──現に透明な壁越しにその場面が見える──だと分かり、地球に置いてきた愛娘に何とかして “連絡” を取ろうとする(ここではいかにも『ゴースト』を思い起こさせる)。
その伝達手段というのがすこぶる古典的なのだが……この映画は、人間の「愛」という感情(と、字幕では書いていたと思う)が鍵になっていて、その(ちっぽけかも知れない)感情こそが文字通り時空を超えるのではないか、と言いたかったようだ。空=宇宙と人間の愛と、どちらが大きく、超絶的だろうか。
[写真はパンフレットより]
![■週替わりの夕暮れ[2015.1.4]と映画『インターステラー』_d0190217_0214945.jpg](https://pds.exblog.jp/pds/1/201501/05/17/d0190217_0214945.jpg)
帰り道では、灯りの向こうに満月(明日)間近の月。
![■週替わりの夕暮れ[2015.1.4]と映画『インターステラー』_d0190217_2344582.jpg](https://pds.exblog.jp/pds/1/201501/04/17/d0190217_2344582.jpg)
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