■私に何かできることはないだろうか?──久保山千可子・久保山菜摘『なっちゃんの大冒険』 |
ひどく慌てた娘からの電話で、私は東北地方太平洋沖地震を知った。地震及び(未だ責任主体が明らかにされない)“原発事故” による被害が続々と報道される中、世の中のことなんぞにほとんど関心を示さなかった彼女も、さすがにその後、身近な人間との(今では、みんなで手垢に塗れさせてしまった感のある)“絆” ということのみならず、社会の動向を多少気にかけ、もう今まで通りの生活を続けていてはいけないのではないか、自分も変わらなければ……などと思い始めたようだった。
そして──4年が過ぎた。私の娘だけではないだろうと思うが、そうした若年の人間の胸に萌(きざ)した、いわば “便利な生活” 一辺倒への疑問や「このままでいいのか」という、今の社会に対する漠たる不安や真摯な問い掛けについて、この国、そして大人たちは、きちんと掬(すく)い上げ、応え続けてきただろうか。
この点で私たちが見てきたのは、臆面もなく一層 “核” の海外売り込みに邁進し、米国の肩代わりをして、仮に中東においても遠慮なく “自衛隊”(!)が戦えるよう「戦争法案」をごり押ししようとする政権の実態であり、古来の「民衆にはパンとサーカスを与えておけ」という政治の要諦(ようてい)通りの「株式相場(の操作)とオリンピック」ではなかったか。
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久保山菜摘(なつみ)さんは、小学5年生の平和授業で「世界には苦しんで生きている人がたくさんいる」ということを知る。
地雷を踏んで手足を失った人、戦争で親を亡くした子供たち、食べる物がなくてお腹をすかせ、病気を治す薬も手に入らない人たち。
それなのに私は楽しくピアノを弾いて過ごしている。
「私に何かできることはないだろうか?」と子供心に思いました。
そして、帰宅してすぐに、小銭を持って募金箱のあるコンビニに走ろうとする。母・千可子(ちかこ)さんはそれを呼び止めて、「コンビニの募金箱に募金するのもいいことだけど、先生が言ったように、なっちゃんができることを考えてみようよ」と提案。そこで、「大好きなピアノを弾くことで、困っている人たちの力に少しでもなれたら……」と、翌年の冬、チャリティー・コンサートを行うことにした。集まった募金1万円程は、タイ北部の地雷撤去事務局とユニセフへ。
以降、毎年チャリティー・コンサートを続け、今年5月1日で11回目となった。一方、6歳でモスクワにて「日露交流コンサート」に出演以来、国内外のコンクールにチャレンジし多数受賞、2013年には「飯塚新人音楽コンクール」で第1位となる。
菜摘さんはこの3月、桐朋学園大学音楽科を首席で卒業。これから本当の自立への道が始まる。
幼い頃からピアニストを目指してきた菜摘さんの、演奏活動を通しての成長と平和貢献活動の軌跡を、“母娘連弾” で綴ったのが『なっちゃんの大冒険──ピアニスト久保山菜摘の平和活動』だ。
母・久保山千可子さんも元々ピアニスト。札幌市生まれで東京育ち、現在は福岡市でピアノ教室を主宰する傍ら、国内外からのアーティストのマスタークラス開催他、様々な音楽関係のセミナーやイベントを各地でプロデュースするなど、非常に幅広い活動を精力的にこなされている(→福岡 音楽教室 ル'セルクル)。

[菜摘さんの愛に溢れた「大冒険」を装丁でしっかりとビジュアル化してくれたのはdesign POOL]
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菜摘さんは昨年、長年ペルー・アンデス地方の恵まれない子供たちの支援活動を行ってきた団体「アンデスの風」に協力し、チャリティー・コンサートにて、使わなくなった鍵盤ハーモニカの寄付を募り、集まった25台を持って標高4000メートルの高地にあるペルーの小学校を訪れた。
当初、「本を出すなど、私にはまだ早い」と菜摘自身さんは言っていたが、私は本書を編集中、今現在どういう年齢であれ、彼女が積み重ねてきたチャリティー・コンサートやそこからさらに人との出会いによって広げられてきた社会的活動を知ることで、幼い時の大人からの真剣な投げ掛け、そして元々母から娘へと伝わっていったもの─即ち教育と環境─の大きさを考えさせられた。
そうした菜摘さんのチャレンジ=大冒険を、「子育て卒業」の章で「すべてが、自分自身がやりたくて、やればやるほど楽しくて幸せなことばかりだった。大冒険をしていたのは私だったのかもしれない」と千可子さんは言う。
印象的なエピソードがある。
中学2年の夏、あるコンペティションにて全国1位となり表彰式のため上京、地下鉄の切符を買う間、菜摘さんの頭の上を旋回して飛ぶ一匹のモンシロチョウがいた、という。それはあたかも、「鍵盤ハーモニカを寄付して下さった人々の希望と夢をもペルーに届けたい」と願う彼女への、予祝(よしゅく)の栄冠のようだ。そうした想いに導かれた行動をこそ「国際平和貢献」と言うのではないか。
真の勇気を伝える本が出来上がった。
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以上は、ブックガイド誌『心のガーデニング:読書の愉しみ』(NO.139 近日発行)寄稿分を転載。