■『あの日のように抱きしめて』、それに週替わりの夕暮れ[9/6] |
どんな映画か──チラシ表にはこうある。
ベルリン。顔に傷を負いながらも強制収容所から生還した妻と、変貌した妻に気づかない夫。
奇しくも再会を果たしたふたりは、再び愛を取り戻すことができるのか──。
亡命作曲家クルト・ヴァイルの「スピーク・ロウ」に乗せて、夫婦の愛の行方をサスペンスフルに描いた、優しくも切ないラブストーリー。
裏にはもう少し詳しく、こう出ている。
1945年6月ベルリン。元歌手のネリーは顔に大怪我を負いながらも強制収容所から奇跡的に生還し、顔の再建手術を受ける。彼女の願いはピアニストだった夫ジョニーを見つけ出し、幸せだった戦前の日々を取り戻すこと。顔の傷が癒える頃、ついにネリーはジョニーと再会するが、容貌の変わったネリーに夫は気づかない。そして、収容所で亡くなった妻になりすまし、遺産を山分けしようと持ちかける──。
内容を簡明に伝えようと宣伝文を書き写したのだが、映画を観てしまった者としては、文章は決まっているが表のキャッチ・コピーには無理がある(一部 “脚色” がある)ことが分かる。ひょっとして二つは同じ人がまとめたものではないかも知れないが、おそらく興行的な意図から『フェニックス』という原題を『あの日のように抱きしめて』という邦題にしてしまったことの 、“尻拭い” をさせられたコピーライター(だろう)の苦衷を想像してしまう。
米映画に飽き飽きした身には新鮮な、静かで重厚なドイツ映画。ドア一つの締まる音さえベンツのように重々しい。静けさ具合で言っても(おそらく)まるでベンツ車内のようだが、微妙な表情の交錯を見逃さないため居眠りするわけにもいかない。
そして、最後に元歌手のヒロイン・ネリー(ニーナ・ホス)が歌うジャズのスタンダード「speak low」。この場面、この歌声──歌いだしはまさに囁きだ──のためだけにもう一度最初から観てもいい、と思った。
けれど、You Tubeに出ていた。この映画を観る気のない人はどうぞ。
Speak Low performed by Nina Hoss @ Phoenix (ending)
歌詞も掲げておこう(ネットに幾つか出ていた中で一番奇麗な歌詞を、勝手に少し改変)。
スピーク・ロウ
恋を語る時は 小声で囁いて
夏の日は 瞬く間に色褪せる
恋を語る時は ひそやかに
二人の時は駆け足で過ぎ
海に漂う舟の如く
あっと言う間に離れてゆく
愛しい人よ
ひそかに甘く囁いて
恋は一瞬の火花
すぐに闇へと消え去るもの
どこにいようと すぐに明日は来る
時はあまりに速く
恋はあまりに短い
恋は輝く純金で
時は泥棒のように恋を奪う
愛しい人よ
私たちは遅れているのよ
カーテンが降りると
全てが終わる
私はじっと待っている
愛しい人よ
お願いだから囁いて
愛の言葉を
さあ早く!
さて、「不死鳥」なのは何か──男と女の愛か、ネリーか(ちなみに、「Phoenix」というのはネリーが元夫を見付けた音楽酒場の店名でもある)。
この映画における「speak low」という曲の意味合いも踏まえ、とりあえず私なりの邦題を付けるなら……陳腐だが「もう一度、愛をささやいて」か。
*
微雨の中、2週間ぶりに歩いた。西ノ堤池では、ツクツクボウシの競演、それに虫の音。
空の中程に雨雲がひしめいている。だが、改めて思った──自分が空の大きさを感じたくてここに来ていることを。
[書き掛け]