■ブラックなラーメン屋は「個別労働紛争あっせん申立」でどれくらい請求されたか |
出し物は『ブラックなラーメン屋』(リスク法務劇団主催)。キャパ108席を超えて、立ち見している人も居た。劇場として見ればこぢんまりとしているが、演劇というのは舞台上の人間模様を覗き見ること、これくらいの距離が理想ではないだろうか。
劇は「ラーメン屋の大将と従業員がふとした言い争いから紛争勃発。解雇、パワハラ、賃金不払い残業について、内容証明、そして労働局あっせんで請求を受ける。果たして結末は?」(チラシから)という内容。
このところの売上減少を気にしているラーメン屋の大将が、「原因は従業員の接客態度としか考えられん」ということで、一人しか居ない女性従業員に小言を言う。いびられた従業員が、
「大将なんか大嫌いです! こんな店、もう辞めたいです」
と言い、
「何が辞めるだ! こっちからクビにしちゃあ! お前は今日限りでクビだ! クビ! 出ていけ!」
「言われなくても出ていきますよ!」
という言い争いに発展する。

まあ、よくありそうな話とも言えるし、世相の空気を読まない「豪快」な雇い主だとも言えるが、飛び出た従業員がこうした争い(個別労働紛争)において「あっせん」という公的制度があることを知って申立手続きを行い、不払い残業代、不当解雇の補償金、パワハラ慰藉料、労災保険未加入慰藉料、合計1000万円を請求してくる。ラーメン屋の大将は当初無視するのだが……。
このあっせんには、労働局紛争調整委員会(下の写真がその場面)か社労士会労働紛争解決センターが、中立の立場で関わることになる。この制度を選ばない場合、またあっせんが和解に至らなかった場合には、紛争は労働審判や裁判となる(これは大変そうだ)。
この制度のメリットとしては、手続きが簡単(一人でできる)で費用もほとんど掛からない(掛かってもせいぜい1万円程度)こと、スムーズに事が運べば短期間で和解することができる、当事者同士が顔を会わさないで済む、など。

現状、労働局が相談を受ける個別労働紛争は年に100万件を超えるらしいが、そのうちあっせん申立に至るのはわずか2%だ、と。
労使共々メリットの多いこの制度があまりにも知られていないということで、福岡で士業(弁護士、税理士、社会保険労務士、行政書士など)を営んでいる人たちが中心になって結成した「リスク法務実務研究会」を母体とする「リスク法務劇団」が、あっせん制度の周知・PRのため企画したのが今回の劇。
即ち、ほとんど全員が演劇未経験の人たちによる、(当面?)ただ一夜限りの舞台だったわけだ。

この企画の言い出しっぺで監督、そして脚本を書いたのは、リスク法務実務研究会の主宰者であり、実際に社会保険労務士としてあっせん制度に深く関わってきた安藤政明氏。安藤氏は各幕間に緞帳の前に立って補足説明を加えたので、研修会のごときムードが漂ったが、あっせん制度のことをきちんと伝えようという熱意が感じられた。
元々内輪の忘年会で演じたことがスタートとなったらしく、安藤氏は「勢い余って」(ご本人弁)、この劇の脚本を素材にあっせん制度を解説した『脚本で学ぶ 実務的すぎる裏話付き 個別労働紛争あっせん制度──ブラックなラーメン屋が解雇、パワハラ、賃金不払い残業……紛争勃発! 和解なるか!?』を纏め上げた。
何でもない日常会話など具体的な事例を取り上げて解説、あっせん制度に通じている専門家であり、時には(笑)と書き入れたりするくだけた人柄の著者による、実にユニークな労働紛争解決の実務書が出来上がった。私もまさにそうだが小規模企業事業主、そして従業員という立場の人──双方に読んでもらいたい本だ。

あ、劇の感想を記していなかった。
まずは、あれだけ台詞を覚えるのは大変だったろうな……というもの。流石にあっせん調整の場面は、現実体験に基づいているだけに迫真力があった。とりわけ、肝心な役柄であるあっせん委員を演じた田上隆一氏の、誇張気味で明瞭な台詞回しは、緊迫した遣り取りにコミカルなムードを漂わせて効果的だったように思う。演劇とは、ともかく噓事の世界。噓事に大胆な噓(演技)を持ち込むことで、逆に生まれる妙なリアリティ。
一夜限りの公演では勿体ないのでは。
[11/29最終]