■叙景の味わい──中山十防句集『貨車捌く』 |
「佐賀新聞」サイトでもその記事が読めるが、ここに転載させていただこう。
記者は、唐津支社の吉木正彦氏。とてもよく纏めていただいている。

●浜玉町の中山十坊さんが初句集刊行──40年間の日常詠んだ550句
唐津市浜玉町南山の中山十坊(とんぼう)さん(66)=本名正一(しょういち)さん=が初めての俳句集「貨車捌(さば)く」を刊行した。国鉄と民営化後のJRに勤務しながら日々の暮らしの中で詠んだ550句を掲載。結婚間もない青年期から孫の送り迎えが日課となった現在まで、40年にわたる “句日記” からは平穏な日常のいとおしさが伝わってくる。
炭鉱とともに、文芸サークル活動が盛んだった国鉄。中山さんは特に俳句に関心はなかったが、1973(昭和48)年、結婚式で職場の先輩から「相助け櫓(ろ)を漕(こ)ぐ夫婦春の濤(なみ)」という祝句をもらった。この時、初めて俳句を身近に感じ、先輩に師事して、俳誌「山茶花(さざんか)」の誌友となった。
「貨車捌く」は「駅深夜」「山茶花」「赤子(あかご)」の3部で構成。「駅深夜」は博多港駅での貨物列車の仕分け業務などに当たっていた20~30代、「山茶花」は俳友との吟行や鍛錬会で競い、磨き合った40代、そして「赤子」は初孫が生まれた50代以降と、時代時代を映す言葉を冠している。
各部を象徴する句を拾うと、書名にもなった「虫の声しきりに夜半の貨車捌く」(76年)、「石仏か標の石か蛇苺(へびいちご)」(97年)、「赤子にも寝言のありて初笑ひ」(2008年)と、職業人、俳句人、家庭人の三つの顔が浮かんでくる。
「鰯雲(いわしぐも)引き込み線の錆(さび)深く」(2000年)と詠んだように、物流の変化の中で貨物列車が廃止され、国鉄の分割民営化という大波にも遭遇した。そんな時、「俳句を通じて出会った人生の先輩の助言や体験談に支えられた」と振り返る。
俳号の「十坊」は唐津市と福岡県糸島市の境にあり、通勤の電車から眺める十坊山(とんぼやま)にちなむ。「旅行先で雨が降っても、俳句にできないかなと思うと、苦にならない」。俳句がそばにある人生をそう語った。
「貨車捌く」は福岡市の「花乱社」発行、税別1700円。電話092(781)7550。
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この句集には、私の好きな句がたくさんある。俳句一般ということで言えば、内に秘めたるものを伝える句に惹かれたりもするが、たった17文字の世界、自己を詠んでいる場合ではないだろう。
そうしたことを改めて考えさせ、叙景というものの味わいを教えてくれる句集だと思う。
同書から、私の好きな句を四季に分けて掲げておこう。
【新年】
夜勤明けまづは賀状をにぎりけり
外つ国の賀状一枚みんな寄る
【春】
猫の恋犬の応へてをりにけり
蓬餅残りて母の不機嫌に
花屑を踏みて巡礼急ぎ足
蝶死して蟻百匹に担がるる
迷い人先に着きゐて花の寺
【夏】
紫陽花の家ごとの彩里の道
鼻振つて像の機嫌や風薫る
蝉時雨三分停車長き事
蛍狩峡の小径を譲り合ひ
夏蝶の国道越ゆる早さかな
【秋】
銀杏の見てゐる時は落ちぬもの
菊人形動けば幼子手をたたく
秋桜迷路めきたる浦の路地
颱風の荒れて一と日の長かりし
灯を消してとみに深まる虫の闇
【冬】
小春日にチンパンジーは尻を向け
節分の鬼早々に疲れ寝る
五湖めぐり鴨にこのみの湖のあり
狛犬の雪をかぶりて睨みゐし
持久走最後の女子の息白し