■「人生に文学を。」広告の非文学的キャッチ・コピー |


示すまでもないだろうが、一応文章を書き抜く。
人生に、文学を。
文学を知らなければ、目に見えるものしか見えないじゃないか。
文学を知らなければ、どうやって人生を想像するのだ(アニメか?)
読むとは想像することである。
世の不条理。人の弱さ。魂の気高さ。生命の尊さ。男の落魄。女の嘘。
行ったこともない街。過ぎ去った栄光。抱いたこともない希望。
想像しなければ、目に見えるものしか知りようがない。
想像しなければ、自ら思い描く人生しか選びようがない。
そんなの嫌だね。つまらないじゃないか。
繰り返す。人生に、文学を。
(一年に二度、芥川賞と直木賞)
とあって、【私たちは、「人生に、文学を」プロジェクトに賛同します】という企業は見ての通り。出広元は「公益財団法人 日本文学振興会」。
朝食をとりながら読んでいて、噴き出してしまったのが──「男の落魄。女の嘘。」。
今、全文を写しながら改めてムカムカしたが、この「プロジェクト・メッセージ」の劣悪さは、私ごときがあれこれと書く必要もないはずのものだ。
ひとことだけ言うなら、これだけ──おそらく色々な立場から──突っ込みどころ満載の文章が、何故、「文学」の名において “広告” される必要があるのか。
文学キャンペーンなのに出版社が1社も加わっていない異様さは、芥川賞と直木賞だけを特筆していることから、これが結局、文藝春秋の仕組んだものだからと分かる。
それでいうなら、如何にも偉そうな口の聞き方はさもありなんとして、「文学vs.アニメ」もしくは「オヤジ世代=文学vs.若者世代=アニメ」といったステレオタイプとすらも言いたくない古臭さは、軽い露悪でまぶした説教をお得意とする文春らしい、と言っていいものかどうか……。ここでは、むしろ「文学」が嫌われるように仕向けられていないか。協賛各社の担当者はこの文を読まなかったのか。
ともあれ、文藝春秋という会社はこんな程度のセンスで、これほど文学のことを分かっていなかったわけだ。それとも、安倍自民党とその翼賛宗教政党が我が世の春を謳う時代、「穏健な保守」もここまで堕落したか。