■『ワン・アジアに向けて』出版パーティー、そして週替わりの夕暮れ |
→参考:「記憶と記録」を考える不思議な本──崔吉城編『ワン・アジアに向けて』刊行
会場は東亜大学内コミュニティセンター。なかなかロケーションがいい。
記念行事として、崔教授の講演(「緊張する日韓関係」)が行われた。参加者50人程、崔教授と親しい方ばかりの様子。
講演内容については、ご本人用意のレジュメが配られた。出だしの部分を打ち込んでみる。
私は日本の植民地時代に韓国38度線付近で生まれ、ソウル、東京、馬山、大邱、名古屋、広島を経て今、下関で住んでおります。流転の終着地が下関であるようです。初めは「島流しになった気持ち」でありましたが、住んでみると安らぎを覚え、死を迎える場に相応しいような、静かでとても気に入ってます。そんな思いの中、多くの方々〔と〕の出会いによって、今ではこの下関が私にとって「地元」になっていくようです。
当然ながら日本語表現に難があるが、言おうとされていることは分かるし、根っからの日本人がなかなか言えないことを語られている。
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講演後は学内で部屋を移して祝賀会。詳しい内容は崔教授のブログに譲るが、広島時代の教え子、韓国からも知人や出版関係者が訪れていて、キムチやちじみ、ナムルなど韓国家庭料理も振る舞われ、終始エスニック・アットホームな雰囲気だった。
→崔吉城との対話:感謝
なお、本日のパーティーは、やはり出来上がったばかりの豪華版写真集『絵葉書で見る近代朝鮮』(浦川和也編/崔吉城企画・監修/韓国・民俗苑発行/7巻セット価56,000円)の刊行記念も兼ねていた。さらに、崔教授の77歳の誕生日であり、そのお祝いということでも盛り上がった。
崔教授にとって「死を迎える場に相応しいような地」下関での、色々な意味合いの籠ったパーティーであった。
明るい内にワインを飲んだので、帰りの高速バス車中ではうたた寝するつもりだった。ところが、日が翳るにつれて空が私好みの色合いに染まっていき、おちおち眠るどころではなくなった。
福岡市民には親しい、海岸沿いのガスタンク。
遠くに浮かぶは、左手が能古島、右手が志賀島(と、今日のところはしておこう)。
[以上、書き掛け]
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今日、ウォーキングにて西ノ堤池へ。
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