■髙野吾朗さんの詩朗読会――ライオンとペリカンの会・特別版読書会 |
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2018年 12月 14日
明日(と書いたのは深夜だったので、日付としては今日14日)、私が事務局をしているライオンとペリカンの会にて隔月で行っている読書会の特別版として、メンバーの一人、詩人・髙野吾朗さんの詩の朗読会を開催する。 会場は花乱社(福岡市中央区天神5-5-8-5D)、18時45分から。 飛び入り参加歓迎、電話(092-781-7550 別府)を下さい。 なお、髙野五朗氏はこれまで3冊の英語詩集を刊行。 現在、小社にて初の日本語詩集(『日曜日の心中』)を編集中。来年2月刊行予定。 以下は、髙野さんのフェイスブックより転載。 明日はいよいよ、僕の日本語詩の朗読会@福岡・天神。久々の単独ライブ。全部で11篇の詩を、90分かけて読む予定。朗読予定の詩が全て入った配布資料も先ほど完成(写真:別府さん、資料作成どうもありがとうございました!)。聴衆はおそらく10名前後。小さい会だけど、とてもありがたい。がんばって読みます。この機会を与えてくれたライペリ(=福岡の読書会「ライオンとペリカンの会」)のメンバーたちに心から感謝。 Tomorrow night I will do my solo reading of my own Japanese poems in Tenjin, Fukuoka. I will read my eleven works within 90 minutes, some of which are already included in the final proof of my new (Japanese-only) book soon to be published by February 2019. Maybe only 10 people or so will show up to listen to my reading. Yes, it will be quite a small meeting, but I'm very thankful to all the people involved to prepare this occasion for me. 百年経ったら逢いましょう 高野吾朗 ずっと使ってきたリュックサックを 今日とうとう 捨てることにした 新品時のスカイブルーはすでに剥げ落ち 使い勝手も すっかり悪くなったからだ これを買ってくれたのは 死んだ妻だった 死に際 彼女はリュックを背負う僕を見て 「わたしがいなくなったら あなたはまるで 戦争に負けた国みたいになっちゃいそう」と ぽつりと言うと 顔を少しゆがめた このリュックに初めて入れた本は 息子の誕生日のために買った『老人と海』 必ず読んでくれるはずと願っていたが 当ては外れ 彼は全く見向きもしなかった 文庫本は埃をかぶり サンチャゴの夢と メカジキの骨の幻だけがリュックに残った 妻の葬儀のあと このリュックで 彼女の位牌を運んだ 息子が一言 「人間って 死ぬと持ち運びが便利だね」 位牌をリュックから出し入れするたびに なんだか手品師にでもなった気分だった 息子が不慮の事故に遭ったあの日も このリュックを背負い 病院へと急いだ 命に別状がないと知り 涙を拭うと 事故で汚れきった彼の衣服を このリュックに入れて持ち帰った 衣服から沁み出た彼の体臭は 魚の死臭と老いた漁師の寂寥に出会い 稼働する洗濯機の中のように リュックの中でこんがらがった このリュックに最後に入ることになった本は 母国を征服した外国の軍隊のために ひたすら忠節を尽くし 人知れず殉死するその日まで 献身を続けたという 青い目をした ひとりの植民地人の物語で 彼は死後やっと 征服者たちから「愛国者」と称賛された まだ途中までしか 読み終えてはいないのだが 詩人でもあった主人公が 兵役中に書いたという 「百年経ったら逢いましょう」という詩は 繰り返し読んだ 死ぬ間際まで 彼が愛用のリュックに潜ませていた詩だ その詩から察するに 彼が心の底から「愛国者」なんかに なりたがっていたようには どうしても思えないのだ 彼はいったい 百年後 誰に そして どんな風に 逢いたいと願っていたのか 全てはおそらく 未読の物語後半において ようやく明かされることになるのだろう リュックをいざ捨てようとしていると 息子が「ちょっと待って」と声をかけてきた 「今日からは僕が使う」と言いきるので 「どうして」と尋ねたが 彼はただ笑うだけ 息子の背中に移ったリュックを見ていると 真っ青な空の下 植民地解放を祝う民衆の 地鳴りのような声が ふと聞こえた気がした 「年をとると失うものが増える」と言う私を 息子は 急に大人びた声で励ましてくれた 「いつかまた 母さんみたいな女性が現れて もっといいリュック 買ってくれるはずだよ」 息子は颯爽と出かけていき 残されたわたしは 百年後の風景を独り妄想する サンチャゴのように * 実は、「百年経ったら逢いましょう」という言葉は、髙野さんを “挑発” しようと私が投げかけたもの。 旧いけど、2006年に私が書いた新聞コラム(西日本新聞「版元日記」)を掲げておきたい。 夢の途中 一昔前にある人から、太宰治に「百年経つたら逢ひませう」という言葉がある、と聞いた。いかにも太宰らしい、虚無を孕んだファンタスティックな言い草だ、ぐらいに思っていたが、そのうちその言葉を自分の目で確かめたくなってきた。 7年前に2週間ほど入院した際、太宰全集を頭から読み進めながらその出所を探した。3巻の途中で退院し、以後日常に追われて頓挫したままだが、捨て台詞とも思えるこの言葉の感触は、今の私にはとてもリアルだ。 齢を重ねるごとに時間は早足となり、人生は暮色を深める。何かにかまけているうちに5年や10年はあっという間だ。さてその時、百年を費やしても遂げたいという、何事かへ懸けた想いが残っているだろうか。この言葉はそういう謎掛けだ。 熱心な太宰ファンに尋ねれば事は簡単かも知れないが、この言葉には、物語を味わいつつ自分自身で遭遇したいと思う。春の山中を拾い歩きしていて、ひっそりとかつ豪勢に咲く一本の山桜に出合うように……。それまでは、ささやかだが一つの「夢の途中」としておこう。
by karansha
| 2018-12-14 00:07
| 編集長日記
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