■2017年12月、湯田温泉での加藤典洋さん――山下龍一氏の思い出の記「前人未踏のハイジャンプ」 |

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2019年 05月 30日
以下は、2017年12月5日、湯田温泉(山口県)での加藤典洋氏のスケッチである。筆者は、私の友人山下龍一氏。本人の了解を得て――というより、そもそも私が思い出の記を書くようけしかけたのだけれど――ライオンとペリカンの会掲示板から転載する。 文章・体裁に少し手を加えたいところだが……とりあえず原文通りで。写真撮影も山下氏。 前人未踏のハイジャンプ 山下龍一 二年前の晩秋の事である。 加藤典洋氏と山口県の湯田温泉を散歩したのである。 夢の話ではない。ほんとのことである。 氏は当時、やりかけの仕事を抱えていて、推敲作業におわれていた。 ホテルの個室よりは、多少外部音のあるところの方が集中しやすかったのか「どこか、作業しやすい場所はないですかねえ」と仰った。GoogleMapで調べたところ、ホテルからバスで二駅のところに、大きな図書館を見つけた。 風は強いが、小春日和のいい天気だったのもあり、韋駄天よろしく「ひとっ走りいって見てきます」といいのこし、確認しに行った。 平日の火曜日だったこともあり、人影はあまりない。 バス停近くで、公園を掃除しているらしき、地元のおじさんに「この近くに図書館はないですか」と訪ねたところ、「今日は、火曜で休館じゃあないかね」と指差し教えられる。その差された先を見やると、流線型の屋根が、秋晴れの空にぴかぴかと光っているのが見えた。 せっかくなので、氏には電話で、本日閉館であった旨伝え、散歩しながらホテルに戻った。 湯田と言えば、もっとも知られている人物は中原中也を置いて他にないだろう。 加藤氏についてもその詩人とのつながりは、浅くはない。むしろ、その批評の原点に位置する作家といっても言い過ぎではない。 ![]() そして「せっかくだから昼飯食って行ってみましょうよ」と原稿を待ってる編集者の人には申し訳なかったけれども、少しグズグズ気味の氏をむりやりに引っ張っていった。 そこは、錦川通りというらしく、現在の大通りの筋の一つ裏筋になっている。 漂泊の俳人山頭火の句碑がある「ちんぽこも/おそそも 湧いて/あふれる湯」。 「加藤さん、おそそ? って何ですか」ふつうに読めば、大概意味もわかりそうなものを「女陰」ですね。つまらん解釈をさせてしまいました。 そこは、客も私たち以外、おそらく近所の奥様方であろう一組の客以外は誰もいなかったので、おかげで、落ちついて氏の声音に耳を傾けることができた。二時間ほどいただろうか、その店を出て、帰路についた。 氏の著作に、2011年7月あの大震災後にだされた『耳をふさいで、歌を聴く』という音楽批評の本がある。いわゆるJ-POPのアーティストを丹念に拾い上げて、評伝形式で書かれた加藤氏の仕事の中では、特異な作品といえる。 その本で2人目に取り上げられているアーティスト、スガシカオのデビューアルバム『Clover』、巻頭を飾る曲「前人未踏のハイジャンプ」についての文章をこの時即座に思い出した。 その件りはこうである。 まだ「売れ」てもいなかったから、時間はあった。徐々に彼の中に高圧の圧力釜ができ、それが彼と周囲をへだてる。いよいよデビューは困難になる。それが、彼の二十九歳という遅い年齢でのデビューのもっている含意の一つだったのではないだろうか。 (『耳をふさいで、歌を聴く』アルテスパブリッシング) 加藤氏の批評家としてのデビューは『アメリカの影』、37歳。おそいデビューだったといえる。引用を少し続ける。 ここでスガは、新しい、未知の戦慄を日本の歌にもたらすことをめざし、その企図に成功している。巻頭の「前人未踏のハイジャンプ」は、そういう彼のマニフェストにほかならない。 本気で ふてくされては いないけど/なれあいの 方法論って シラけるんだ/いつまでガマンすればいいかな ぼくのチカラで壊していいかな 誰かの 使ったスプーンでも いいけど/今いちいち 洗う時間は もうないんだ/どこまでダッシュすればいいかな どれだけ高くとべばいいかな 従来の方法論と同じ道具立の使用に対する不敵で神経質な切口上があり、 いけ! 前人未踏のハイジャンプ 誰もみたことのないハイジャンプ と未知の調べで続く。歌詞を惜しみ、そのあと一節のセリフが置かれた後、もう一度、ハイジャンプのメロディを繰り返して短く終わる。 この短さが、いい。 (『耳をふさいで、歌を聴く』アルテスパブリッシング) 「「アメリカ」の影――高度成長下の文学」を、「早稲田文学」に発表したのが、単著『アメリカの影』の2年半まえ、文庫にして130ページ程のその量に比べて、内容は(自由で軽い語り口とは裏腹に)高圧の圧力釜から取り出された、重量感・存在感が半端ではない。 宿のホテルの少し手前、空き地の向こうの塀には一匹の野良猫、その警戒心むき出しの見返りのまなざしが、あきらかに飼い猫のそれではなかったのが見て取れた。 体重もお世辞にもスマートとは言えないほど、ずんぐりしたトラ猫だったが、こちらを、じっと睨みつけ。あっと思った瞬間、二メートル近くはあるブロック塀を、にゅわっ、という声さえ聞こえなかったが、一気に飛び上がったかと思ったら、またこちらの方をキッという目つきで見返してきた。 氏は、「ほおおっ」とまるでわがことのように、手こそ叩かなかったけれど、「すごいねえ」と無邪気によろこんでおられた。 氏の猫好きは知られているところではあったので、こんな些細な一コマではあったが、役を演じてくれたその猫には、今は、感謝したい気持ちである。 この事を、2年前に私の経験した些細なエピソードは、思い出させてくれた。 氏とは、この後ホテルのロビーで別れ、旅の終わりとなった。 私は、JR湯田駅まで歩き、地元の高校生たちに混じって長い待ち時間をプラットホームで過ごした。 風は冷たくはなかったが、白いふわふわした雪が舞い降りてきた十二月のことであった。
by karansha
| 2019-05-30 23:36
| 編集長日記
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