■新刊『いのち輝く有明海を──分断・対立を超えて協働の未来選択へ 』PR用挨拶文(全5ページ)を公開 |
有明海の「諫早湾干拓事業」については、今年に入って6月に、最高裁が漁業者による開門を求めた訴訟及び営農者による開門差し止めを求めた訴訟の上告を棄却し(判決確定)、9月にはやはり最高裁が、2018年7月福岡高裁の上告審として福岡高裁への差し戻しを決め、高裁判決を破棄、開門しない方針での解決を示唆した(ウィキペディア参照)。
そこでは、そもそもどういうことが問題になっているのか、そしてこれまでどういう経緯を辿ったのかが、なかなか分かり難い。
そもそもが農林水産省による国営干拓事業に発しているわけだが、その歴史的背景、さらに漁業者・営農者がどのように考え、どういうことが争点になっているのか──。
小社は2014年に、森と海の “つながり” 、自然とともに生きる価値観の復元を目指す森里海連環の考え方に基づいた、研究者と市民の協同による実践の成果を問う『森里海連環による 有明海再生──心の森を育む』(NPO法人SPERA森里海・時代を拓く編、田中克・吉永郁生監修)を出版、さらにこの度、『いのち輝く有明海を──分断・対立を超えて協働の未来選択へ』(森里海を結ぶ[3]、田中克編)を刊行した。
本書編集担当の宇野に「一般にこの分野は地味に思われがちだけど、これはウチだけでなくこの国/社会にとって非常に大事な本なので、マスコミや関係機関などに広く献本してPRしたい」と言っていたら、彼女はA4紙5枚になるレジュメを添えて、100冊近くを送本した。
こうした内容紹介の挨拶文で5枚という数を、私は初めて見た。PR用に送ったことで済ませるのは惜しいので、ここに掲げておきたい。
盛り込まれた語句の一つ一つが、どこかの誰かにヒットしてくれればいいのだが。

『いのち輝く有明海を:分断・対立を超えて恊働の未来選択へ』刊行のご案内
謹啓 秋冷の候、貴社におかれましてはいよいよご盛栄のことと拝察いたします。いつも大変お世話になります。小社ではこの度、田中克編『いのち輝く有明海を:分断・対立を超えて恊働の未来選択へ』(A5判/並製/312頁/本体2000円+税)を刊行いたしましたのでお送りさせていただきます。
ご多用中恐れ入りますが、ぜひご高覧いただき、貴紙にてご紹介いいただければ有難く存じます。
何卒宜しくお願い申し上げます。 敬具
2019年9月20日 図書出版 花乱社
【概要】
国営諫早湾干拓事業は1997年の潮受堤防閉切により、深刻な「有明海異変」を引き起こし、その後の訴訟の乱立では相反する司法判断により地域社会は分断され混迷を極めた。その根本には、政官業の癒着構造と日本型公共事業の悪弊があった。
司法、行政に翻弄され対立せざるを得ない状況に置かれていた漁業者と農業者、そして地域社会が協働し、未来世代のために諫早湾、有明海、干拓農地、多良山系の多様な生きものの命を育み、自然の循環を基盤にした持続可能社会をつくることはできないだろうか。
自然科学、経済学・社会学などの研究者、有明海に生きる人々(漁業者、農業者、市民)、また司法の立場から様々な知見を結集し、総合的に有明海問題(生態系の分断と地域社会の混迷)の理解を進め、問題の本質と解決への道筋を考える。
* * *
今月13日に、最高裁判所が福岡高裁への差し戻しを命ずる判決がニュースで報道されました。原告の平方宣清さん(本書の執筆者の一人)の、門前での「農業、漁業共存」を掲げた満面の笑顔が本当に印象的でした。長期化し、いよいよ全体像が把握しづらくなっている複雑な問題を、18名の方の声を集め多角的に見る本です。皆様に興味を持っていただき、新しい解決の道筋を見出せることを関係者一同願っております。
【執筆者】
田中 克 京都大学名誉教授、舞根森里海研究所長
服部英二 地球システム・倫理学科常任理事、会長顧問
中尾勘悟 肥前環境民俗写真研究所代表
平方宣清 佐賀県太良町漁師
松尾公春 農業生産法人(株)マツオファーム代表
佐藤正典 鹿児島大学理工学研究科教授
木下 泉 高知大学海洋生物研究教育施設教授
堤 裕昭 熊本県立大学環境共生学部教授
髙橋 徹 熊本保健科学大学共通教育センター教授
宮入興一 長崎大学名誉教授
開田奈穂美 東京大学特任助教
堀 良一 「よみがえれ!有明訴訟」弁護団・弁護士
横林和徳 諫早湾干拓問題の話し合いの場を求める会事務局
木庭慎治 福岡県立伝習館高等学校教諭
松浦 弘 熊本県立岱志高等学校教諭
鳥居敏男 環境省「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクトチーム副チーム長
畠山重篤 NPO法人森は海の恋人理事長
牧野宗則 木版画家(装画は1988年、有明海のハママツナの紅葉。巻末に特別寄稿)
【第1章】地球システム・環境倫理と有明海
●森里海を紡ぐ:いのち輝く有明海社会をデザインし直す(田中 克)
日本は世界第6位の海洋国であるが、沿岸域は埋め立てられ、環境汚染と乱獲のため漁獲量は落ち込んでいる。海とともに生きる日本を蘇らせる上で試金石と位置づけられる「有明海問題」は、九州の一地方の問題ではなく、この国が抱えた根源的な問題である。本来、農業も漁業も、海から蒸発した水蒸気が雲となり雨や雪となって大地に降りそそぎ、森を育み農地を潤して農作物を育てる。その水は海に流れて沿岸域の生物生産を支える。農業も漁業も同じ自然の水循環の中で生きている。ここにこそ解決しうる道、すなわち対立軸を協調軸に転換し、共に生きる根拠が存在する。有明海再生への転換を生み出す「植樹祭」を提案したい。全ての命が大切にされる「環境・生命文明」社会の創生をめざして、「森里海連環」の思想が有明海の再生にも大きな役割を果たすことを期待する。
●クストーの思想に学ぶ(地球システム・倫理学会常任理事/会長顧問 服部英二)
実践的地球環境学者・クストーの思想と、地球環境に対する世界の流れを紹介。「人類の作為は地球の再生力の限界値 Planetary Boundariesを超えた」と言われる今、成長の概念は変わりつつある。「森里海の命の循環を絶って過去の文明が滅亡したように、このままでいくと人類もまた絶滅危惧種のリストに入るかもしれない」とクストーは指摘。アメリカでは人工のダムが次々に撤去され、本来の自然に戻す行政が行われている。
【第2章】有明海を宝の海に戻したい
●諫早湾と有明海の今昔(肥前環境民俗写真研究所代表 中尾勘悟)
45年間、諫早湾と有明海を巡り歩き見続けた写真家が、海と漁業者の暮らしの変化を写真とともに綴る。女性でも子供でも捕れた “お助け貝” と呼ばれるアゲマキガイは、平成初めの3年間で姿を消した。子供たちは干潟遊びを楽しまなくなり、“潟坊” と呼ばれた干潟漁が大好きな人たちは高齢で次々と引退し、江戸時代から受け継がれて
●有明海を "宝の海" に戻したい(佐賀県太良町漁師 平方宣清)
漁船漁業の基地として繁栄してきた大浦支所に所属。堤防閉切後、大規模な赤潮の発生で今まで捕れていたタイラギも養殖アサリも全滅、その他の魚介類も悉く減少し、私たち漁業者は少ない収入でその日暮らしの生活を送らなければならなくなった。将来を悲観した漁民やその家族二十数名が自ら命を絶った。国の対応に大きな怒りを覚え
●諫早湾中央干拓地で農業に生きる(農業生産法人(株)マツオファーム代表 松尾公春)
長崎県農業公社に入植を請われ、諫早湾中央干拓地で30ヘクタールの農業を始めて10年になる。しかし干拓地の農業は厳しく、夏は暑く冬はレタスも凍るほど寒い。土質が悪くカモの食害と悪臭のする水に悩まされる。リース料の取り立ての苦しさから負債を負ったまま廃業する農家も出ている。辛うじてリース代を払ってきた私も、書類の不備という理由で立ち退きの裁判を県から長崎地裁に起こされている。この憤りをどこにぶつけたらよいのか。
【第3章】有明海の環境と生物多様性
●有明海の干潟の大切さ(鹿児島大学理工学研究科教授 佐藤正典)
日本は内湾に恵まれた国、湾奥に形成される干潟は生物生産力が高く、縄文時代から豊富な魚介類を生み出してくれる「食料庫」だった。しかし戦後、多くの干潟は埋立や干拓によって陸化され、その結果干潟に棲む底生生物が激減した。有明海にはムツゴロウなど特産生物が多数生息していた。絶滅危惧種にとって最後の砦である有明海の干潟の仕組みと、生物の視点から環境復元の意義と可能性を論じる。
●稚魚研究から見た有明海の異変と未来(高知大学海洋生物研究教育施設教授 木下 泉)
長崎大水産学部の学生時代から「長崎南部地域総合開発計画」の干拓事業に疑問を抱き、科学的なデータをとるため諫早湾奥部に流れ込む本明川の稚魚の調査を実施していた。2002年から湾奥部全域に多くの調査定点を設け、四季別に稚魚の出現動態調査を実施。塩分、濁度、流向・流速、光量子、溶存酸素、クロロフィル等を最新機器で測定。仔稚魚組成を40年前と比較すると特産種はほぼ姿を消している。
●諫早湾における潮受け堤防の建設が有明海異変を引き起こしたのか?(熊本県立大学環境共生学部教授 堤 裕昭)
潮受堤防閉切以降、毎年40〜80件の赤潮が発生し、年間発生延べ日数300〜700日弱に達するという世界に例を見ない異常事態となっている。この「有明海異変」と呼ばれるメカニズムを解明するために、海洋生態学、海洋科学、水工学などの研究者らと研究グループを結成。2001年から水質、海底環境、底生生物の調査を開始。潮受堤防が環境や生態系にどのような影響を及ぼしているのかを検証する。
●諫早湾調整池がもたらす負のインパクト(熊本保健科学大学共通教育センター教授 髙橋 徹)
赤潮被害に加え、漁民からは調整池からの汚濁排水による被害を訴える声が絶えない。これに対し農水省は「排水の影響は諫早湾内に限られる」と主張するが科学的根拠は示されていない。そこで調整池内で大発生する有毒のシアノバクテリア(アオコ)が産生するミクロシスチンを追跡子として排水の拡散範囲を推定し水生生物への蓄積を確認。調整池の水質汚濁と赤潮との関係も明らかにする。農水省は各学会からの開門調査を求める声明や意見書を無視している。提言に従わない合理的理由を説明すべきだ。
【第4章】有明海再生を経済学・社会学から見据える
●諫早湾干拓事業の公共事業としての失敗と有明海地域の再生(長崎大学名誉教授 宮入興一)
諫早湾干拓事業は日本型公共事業の典型(走り出したら止まらない、小さく生んで大きく育てる)、当初から欠陥事業であった。発端の1952年の「長崎大干拓構想」は当時の米不足を背景に水田開発が目的。一時頓挫した時代遅れの大規模公共事業は、干拓事業に固執する農水省と長崎県により「防災/優良農地」に名分を変えゾンビのように生き延びたのである。その根因には政・官・業の利害集団の癒着構造があった。地域の再生には、我々市民が主権者であることを改めて自覚し、共に手を携えていくことが不可欠となる。
●地域社会に置かれた技術:潮受堤防の内側と外側で(東京大学特任助教 開田奈穂美)
諫干問題は一つの公共事業によって引き起こされた、漁業者や農業者、それ以外の様々な利害関係者を含む地域社会全体を巻き込んだ社会問題である。2013年9月、開門準備工事を実施しようとする農水省に抗議したのは、実は農業者ではなく諫早市街地域の代表者たちであった。市街地や後背地で潮受堤防の防災効果が喧伝される一方(実際には効果はない)、排水の影響については語られていない。また、干拓事業の推進を主張する漁協もあった。技術が及ぼす地域社会への影響を事例を見ながら考える。
【第5章】司法の倫理や役割と世論形成
●問われる司法と有明海再生(「よみがえれ!有明訴訟」弁護団・弁護士 堀 良一)
「よみがえれ! 有明訴訟」は2002年11月に佐賀地方裁判所に提起された。そこで出された画期的な工事中止仮処分決定は、翌2005年5月に福岡高裁において取り消される。その決定に漁民たちは原告の拡大運動に立ち上がり1500名が加わり、2008年佐賀地裁は開門判決を言い渡した。2010年の福岡高裁は排水門を5年間開放することを命じ開門判決は確定。提訴以来8年が経過してついに勝ち取った確定判決であるが、国が裁判所の確定判決を履行しないという憲政史上初の異常事態となった。
これらの確定判決の履行を巡る複数の訴訟、開門阻止訴訟と仮処分、その履行を巡る間接強制の申立などの状況は、マスコミなどから「訴訟の乱立」などと言われている。しかし、根底にあるのは、国の何が何でも開門したくないという身勝手な態度である。
今、訴訟は最高裁に三つ、長崎地裁に三つ継続している。長崎地裁の一つは営農者訴訟である。私たちの訴訟は、現に営農する営農者、漁業者をどうやって守るのかという、この国の第一次産業の有様を左右する全国共通の課題を孕んでいる。多くの皆さんにご注目いただきたい。
●諫早湾干拓問題の話し合いの場を求める署名活動:未来への確かな手ごたえ(諫早湾干拓問題の話し合いの場を求める会事務局 横林和徳)
2016年1月から行っている「諫早湾干拓問題の話し合いの場を求める」署名活動を通じて、地域住民の水害への切実な思いを知るとともに、行政の誤った情報・説明(注)が開門反対の住民の意識に浸透し基礎となっていることを痛切に感じる。話し合いの場を求める賛同署名4128筆の中には、漁業者原告の地域からも100筆を超える協力があり、開門調査反対地域でも7〜8割の方は話し合いを求めている。地域に対話の場づくりをめざす共同の輪を広げたい。
(注)行政の誤った情報……昭和32年の諫早大水害で781名の犠牲者が出5700戸が流出した。「干拓事業はこのような水害から守る」という説明がなされている。当時の水害は本明川の上流の土石流によるものであり、排水ポンプの増設で浸水被害はなくなっている。
【第6章】有明海再生への展望
●韓国順天干潟の再生保全に学ぶ:高校生の役割(福岡県立伝習館高等学校教諭 木庭慎治/熊本県立岱志高等学校教諭 松浦 弘)
韓国の順天湾(スンチョン)干潟は行政が主導して徹底した再生と保全がなされ、整備された「自然生態公園」には年間200万人以上の観光客が来る。順天湾干潟を視察した高校生たちの実践——掘割でのニホンウナギの生物モニタリングと放流、荒尾干潟でのベントス(底生生物)の調査等を紹介する。
●ラムサール条約と森里川海プロジェクトから有明海再生を展望する(環境省「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクトチーム副チーム長 鳥居敏男)
有明海に面した肥前鹿島干潟はラムサール条約の登録湿地であり、鹿島市は環境省が進める「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクトの実証事業地域に選ばれている。日本の干潟の現状や、本プロジェクトの概要、鹿島市の取り組みなどを紹介し、有明海再生に向けた一つの方向性を提案する。
●森は海の恋人から有明海の再生を展望する(NPO法人森は海の恋人理事長 畠山重篤)
宮城県気仙沼で牡蠣の養殖を営む。東日本大震災から立て直し養殖場を再建した。海の環境が保たれていれば生活はできる。30年前、山に木を植える「森は海の恋人」運動を始めた。高度経済成長期、公害が全国に広がり、川には河口堰やダムが造られて赤潮が発生し海がひどい状態になった。森と海が分断されると海はあっという間に枯れる。人の心に木を植えることが大事、植樹祭と子供たちを招いての環境教育を継続している。諫早湾をアオコだらけのままに晒しておくのは日本の恥ではないか。農水省だけの問題ではなく、環境省もこの国の根幹的な問題として解決に頑張ってほしい。
●特別寄稿:装画作者のことば 有明海に魅せられて:生命の色彩・干潟を染めるハママツナの紅葉(木版画家 牧野宗則)
1984年、有明海に初めて出会った。潮の大きな干満の差によって一晩のうちに大きく変容する海に衝撃を受けた。夜明け前のまだ黒い海はまるで生命の存在を拒絶するような地球の創世記を思わせた。陽が高くのぼると穏やかな平和な海に戻り、全てのいのちが調和して人が太古の昔から自然と共に生きていることを知らせてくれた。諫早湾の奥部に群生するハママツナの鮮やかな紅葉は心を揺さぶる赤色。この美しい色彩に再会できる日が来ることを願う。