今晩も、加藤さんの詩を一篇、写してみよう。
ムーミン――如何にも娘がいる父親が付けそうなタイトルだ。
私もそうだが……だが私は、ムーミンのことをほとんど知らない。
ムーミン
よし行こう
すぐにも出発しよう
犬を橇につないでくれ
台の脇にはランタンを灯してくれ
急げ
どうしてかはわからない
でも話はそうと決まったのだ
雪の降りしきる中を
僕たちは駆けた
犬が16頭
橇は2つつなぎで
犬たちは吠えなかった
かすかに唸っただけだった
そう
そこからは
誰もいなくなる
記憶がきえる
ムーミン
ムーミン谷はすぐとなり
君たちの世界からは
いなくなったように見えるが
ひょいと横の路地に入ると
そこが
雪につつまれた
静かな谷だ
そこでは
いることはいないことといっしょ
あちらの世界にいないことが
こちらの世界にいることで
みんなが世界の不在を楽しんでいる
午前六時半
すっかり朝が早くなった僕は
窓辺で顔を洗う
顔を拭くのは娘にもらったムーミンのタオル
表にはムーミン谷の住民がムーミンといっしょに配され
裏を見るとそこには
ムーミンだけがいる
世界を表から裏に貫くもの
それがムーミンなら
許す
世界でただひとり世界をささえるもの
それがムーミンなら
許す
世界を認めながら世界に背を向ける者
それがムーミンなら
許す
僕たちは吹雪のなかを突っ切った
あちらの世界から
こちらの世界へ
2018/12/19