■「ツイッターをブロックする安倍首相」――週替わりの夕暮れ[12/20] |
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2019年 12月 22日
今日は雨で、ウォーキングは休み。 一年のことを振り返る時季となってきた。 溜まった新聞スクラップの中から、忘れることのできないコラムを2本、そのまま打ち込んでみたい。 私はそもそも数字に弱いし株や投資なんぞ全くやらないが、「朝日新聞」金融・経済欄の「経済気象台」は少し気にかけている。 二つのコラムの執筆者はいずれも「呉田」氏。 公約の耐えられない軽さ (8/15) しかしながら昨今、「政権の公約」は限りなく軽い。アベノミクス、三本の矢、新三本の矢、希望出生率1.8、一億総活躍、生産性革命、同一労働同一賃金、働き方改革。次々打ち出された「公約」はどれも賞味期限せいぜい半年。何の結果も出せないうちに次の「公約」が登場して別の「改革」が始まる。国民は次々繰り出される「公約の嵐」に振り回されるだけである。 冷静に考えればわかる。どの公約も1年やそこらの取り組みで結果が出るような生半可なものではない。制度や法制を大胆に変え、人々の意識を変え、行動変容を促し、身内が反対しようが財界が反対しようがひるまず施策を打ち抜き、何年もかけて初めて歯車が動き出す、そんな大改革ばかりだ。 政権中枢の政治家や取り巻きの官僚は自分たちが打ち出した政策の重み、難しさを本当に分かっているのだろうか。首相が号令をかけたくらいで世の中変わるなら誰も苦労しない。よほど世の中を甘くみているか、さもなくば初めから「言ってるだけ」「やってるふり」で本気でやろうと思っていないか、どちらかとしか思えない。実際、何一つ結果が出せたものはない。どの公約も「未遂」だ。 先の参院選、投票率はついに5割を切った。政治家が言葉をもてあそび、結果責任を取らない政治を続ければますます人々は政治に信を置かなくなる。その先にあるのは議会制民主主義の自壊、そしてファシズムだ。90年前のドイツや日本の歴史がそれを証明している。 政治家のSNS (10/11) 安倍首相(衆議院議員安倍晋三)のツイッターに批判の書き込みをした人が次々とブロックされている。「#安倍晋三からブロックされました」というハッシュタグができているほどだ。ブロックされるとコメントできず内容も読めなくなる。 世はSNSの時代、今や個人が何百万人を相手に自分の意見を発信できる。政治家もこぞってフェイスブックやツイッターを使って発信している。政治家にとってSNSはとても便利な道具だ。マスコミを通さずに自分の言いたいことを直接国民に伝えられる。トランプ米大統領がいい例だ。ツイッターで言いたい放題、政敵の批判や悪口も書き込んでいる。 しかし、政治家は「公人=国民の代表」だ。自分を批判する人、反対する人も「主権者」であり、政治家はそうした人にとっても「自分の代表」である。その声に耳を傾け、対応するのは民主国家における政治家の「義務」だ。自分を批判するフォロワーをブロックするなど決してやってはいけない行為のはずだ。狭量を通り越して政治家としての基本的な資質を強く疑わせる行為である。街頭演説へのヤジを「『こんな人たち』に負けるわけにはいかない」発言を思い出す。 そもそもSNSは「不特定多数」への発信だ。匿名を含む不特定多数からリアクションがあるのは当然で、罵詈雑言を浴びることもあれば炎上することもある。それがSNSというもの。発信者が公人であればなおさらその覚悟が必要だ。 国民=主権者の声に耳を閉ざし、対話を拒否するものに民主国家の政治家の資格はない。どんなに耳の痛い、不快なことであっても、それもまた国民の声なのだ。 「安倍首相」や「安倍晋三」と打ち込むだけで虫酸が走るのを何とか堪えた。 ミラン・クンデラの小説題(『存在の耐えられない軽さ』。映画になった)をもじった1本目は秀逸だが、2本目の見出しは、もう一押し露骨に標題の如くしてみたい。 「安倍」と「首相」とをつなげて入力しなくていい時代が、早く来たらんことを。 この国が本当に滅んでしまう前に。 ●12月20日
by karansha
| 2019-12-22 18:20
| 編集長日記
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