11月20日、知人を案内されるというので、朝鮮通信使研究者・今村公亮氏(相島歴史の会事務局長)に誘われて相島(あいのしま/糟屋郡新宮町)へ。相島は福岡藩で唯一の朝鮮通信使寄港地。
徳川時代260年余の間、全12回の内、この島に11回訪れているという。
相島は新宮港から約8km、町営渡船で15分程。島民は現在、200人程度と聞いた。
宿泊するなら「丸巳屋旅館」。

ストリート・アートかと思いきや、相島小学校の生徒が描いたものだと。

その小学校生徒が夏場に「プール」として利用するらしい浜辺の一画。
シーズン前には、台風が運んできたものを片付けねばならない。
どうしても眼が行く黄色い花。
美味しそうでもあり、毒々しそうでもあり。長井浜。今年の台風・大風により無数の漂着物が。
漂着物研究家の(故)石井忠氏だったら大喜びされたであろうか。

日蒙供養塔。
元寇で流れ着いた遺体を供養して、1949(昭和24)年に立てられたという。
朝鮮通信使関連墓地。
通信使接待のため1719年に来島し、嵐で遭難した福岡藩士や水夫が葬られていると。
ゴロゴロとした石の海岸、埋葬するのも大変だったろう。

相島積石塚群(国指定史跡)。
前からここに行ってみたいと思っていた場所。
これが相島大塚前方後方墳。
竪穴式石室。
右が今村さん。

遠景。
なかなかの迫力だ。


この辺りで結構奇怪な花に出会う。

相島を結ぶ「しんぐう号」。