時には夕暮れの核心から入ってしまおう。
胸を焦がすものの本体は、一体どこからやって来るのか。![■妄想的夕暮れ論──週替わりの夕暮れ[1/11]_d0190217_21155768.jpg](https://pds.exblog.jp/pds/1/202101/11/17/d0190217_21155768.jpg)
憧れつづけるための技法を自らの中に探し出さなければならない。
![■妄想的夕暮れ論──週替わりの夕暮れ[1/11]_d0190217_21173091.jpg](https://pds.exblog.jp/pds/1/202101/11/17/d0190217_21173091.jpg)
出来得るならば、遙かな地平からの呼び声を、どれほど微かでも聴き取れるほどの自律神経を。
![■妄想的夕暮れ論──週替わりの夕暮れ[1/11]_d0190217_21182327.jpg](https://pds.exblog.jp/pds/1/202101/11/17/d0190217_21182327.jpg)
香港、一九九五年
アーサー・ビナード 九龍のホテルのバーで ツアー仲間の日本人とスコッチを飲みながら 経済大国日本の黄昏 中国の夜明けなどを 夜更けまで論じ合った。 もう暮れてしまったアメリカの パスポートを持つぼくの主張は ただ「黄昏の方がきれいだ」というもの。
やがて「お先に」と言って ひとり エレベーターに乗り 部屋に。 シャワーを浴びて 「帰るとき ちょろまかそうかな」と思いながら 厚手のバスローブを着込んだ。 ナイトテーブルにはリモコン。 テレビをつけて 消して マスターというのを押すと 明かりが全部一遍に消えた。
隣のオフィスビルの窓ガラスに こっち側の 明かりをつけている部屋が 点々と映っている。 四、五階上の方で歯を磨きながら 見下ろしている女性の影が見える。
ホテルとビルの間の猫の額は 公園になっている その片隅にはひとりの男。 二重、三重に段ボールを敷き そばで 一匹の犬が彼を見守っている。
リモコンには冷暖房のボタンもある。 外は ビクトリア港から 暖かい潮風が吹き続いているようだ。 船の汽笛は鳴っているだろうか。 草むらではコオロギでも鳴いているのか。
男と犬は背中合わせに 段ボールの寝床につく。 歯磨きの女性は消えた。 リモコンでカーテンを閉め ぼくもベッドに入る。
外で 犬といっしょに寝起きしていれば 夜明けの方が きれいかも。 (『釣り上げては』思潮社、2000年〔中原中也賞受賞〕より)