挨拶
加藤典洋
あのとき
きみと
すれちがったね
一夜の仕事の末に
夜がしらじらと明けると
カアテンを透かして
陽の光が漂ってくる
しばらく
カアテンのむこうで
外の光が部屋に入るのをためらっているが
カアテンが引かれると
部屋は外光にみち
やがて
部屋の電気が消される
きみは入ってきた泥棒を見るように
目を見張っていた
恐怖がきみの顔にはりついていた
なにやら口が動こうとしていた
あのとき
スイッチが降りようとしていたからね
ぼくは
挨拶したかったんだ
さよならって
(2019/1/5)
この、あの加藤典洋が書き連ねたとは思えないごく日常的な言葉たちが、私をずっと追いかけて放さないように感じる。
今夜、遺稿詩集『僕の一〇〇〇と一つの夜』をパラッとめくって気になったのがこの「挨拶」。
今、思い出せないけれど、これまで私は間違いなくこの詩を取り上げて写したはずだ。
たったひとこと、「さよなら」って挨拶するだけでも、人は詩を作る。
それも、あの加藤さんが。