■「あるがままに、自然に生きるのではなく、無理をして自分を越えようとする人間の魅力を、忘れたくない」と山田太一は語った、そして週替わりの夕暮れ[1/28] |
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2024年 01月 28日
飲み過ぎた昨夜の反省などをしつつ、少し山水画っぽくなってきた景色の中を歩く。 シナリオもぜひ読んでみてほしい。読みにくいと思っている人もいるが、山田太一に関してはまったくそんなことはない。『早春スケッチブック』はとくに人気が高い。視聴者に対して、「お前らは、骨の髄まで、ありきたりだ」と罵倒する、とんでもないドラマだ。視聴率は当然低かったが、テレビドラマベスト100というような企画では、ベスト10に入ったりする。 「自分に見切りをつけるな」 「あるがままに、自然に生きるのではなく、無理をして自分を越えようとする人間の魅力を、忘れたくない」 などのセリフに触発されて、生き方を変えたという人も少なくない。私自身も、何か言ったり書いたりするとき、「これはありきたりではないだろうか」とつい自問してしまう。 (頭木弘樹「ひもとく 山田太一の世界」より〔「朝日新聞」1月27日〕) 私がテレビドラマを少しばかり熱心に観たのは『俺たちの旅』(1975-76年)の時代。 山田太一の『岸辺のアルバム』(1977年)も、『ふぞろいの林檎たち』(1983年)も、全く視野の中に入ってこなかった。 ただ、映画で『異人たちとの夏』(1988年)と『飛ぶ夢をしばらく見ない』(1990年、原作のみ)は観た。 その山田太一が、「お前らは、骨の髄まで、ありきたりだ」──罵倒の本当の相手は、単に「視聴者」ではないだろう──という台詞を胸に秘めていたとは、新鮮で痛快だ。 #
by karansha
| 2024-01-28 22:03
| 編集長日記
2024年 01月 21日
西ノ堤池。 千々に乱れた雲たち。 大いなる裂け目。 束の間晴れて。 #
by karansha
| 2024-01-21 22:38
| 編集長日記
2024年 01月 16日
▶この記事は、もう10年以上前、2013年10月12日に記したもの。 訳あって、或る時、「非公開」とした。 久し振りに捜して読み直す機会があり、私にとっては今もなお、いや今はより一層、自分への「戒め」となる大切な一文なので、「復活」させることにした。 * * * その内の一人・坂井和泉については以前書いた(「ちょっとZARD のことを」)。 今日たまたま、事務所を訪ねてきてくれた青年と語るうち、もう一人の女性の名前が出てきて驚いた。 小山田咲子さん(1981年生)は、2005年9月、アルゼンチン旅行中に、同乗していた車が横転し死去。 前の会社に在籍中の2007年、私はご両親の依頼により、彼女の遺したブログを編んで『えいやっ! と飛び出すあの一瞬を愛してる』を出版した。 普通、本は刊行後時間が経つにつれ売れ行きが落ちる。だが咲子さんの本は、ネット情報を追うだけでも静かに広がり深まっていっていることが見て取れ、大きな部数ではないにしろむしろ尻上がりに伸びていった。私が退職する直前、2010年8月には2刷も出した。ちなみにこの時、口絵写真を変更した(双方を下に掲示)。2刷分は刊行後にその存在を知ったもので、初刷分写真より1歳位若い時と聞いた。 或る人の内面(の印象)を伝えるのに一枚の写真がどれほど決定的となるだろうか……。 今日の彼は、彼女と同年齢(咲子さんも、もう32歳になるんだ…)、時期が少し異なり擦れ違ったようだが、同じ早稲田大学文学部に在籍したとのこと。同郷(福岡市)ということもあり他人事と思えないらしく、咲子さんのことを語る眼をうっすらとしたものが覆っていた。 [2刷口絵より/この写真を私は仕事机のそばに置いている] [初刷口絵より] 同書について、出版当時に私が書いた文章を再掲する。 * ●愛はキックボードに乗って──『えいやっ!と飛び出すあの一瞬を愛してる』 題名は忘れたが、だいぶ以前、J・ニコルソン主演の、倦怠期にある中年夫婦の日常を描いた映画を観たことがある。互いに顔を背けながら冷ややかに罵り合う場面で、夫が、自分の靴下が何故かいつも片方無くなることをぼやく。これはまさに当時の私の実感でもあったので頭に残ってしまったのだが、同じ意味の言葉を、この本で初めて活字で見た。「なんで靴下って、片方ずつなくなるんだろう」(「行方不明」) 本書は、福岡市生まれで飯塚市育ちの著者が、早稲田大学に入学して上京、2002年10月から3年程の間(22〜24歳)に書き綴った500本近いブログから選んだものだ。話題は、身辺のこと、友人・知人との会話、バイト・就活、音楽・演劇・写真・読書・旅についてなど、実に多彩。 少し読むだけで、彼女の関心の幅広さと感性の瑞々しさ、そしてそれらを現代の若者の感覚で描き切ることのできる表現力に驚くはずだ。私の好きな文章の一つを抜粋したい。 たまたま彼女が商店街を歩いていて、前を行く父娘の会話を聞いたという話。キックボードに乗った小一くらいの娘が父親の周囲を回りながら、今通っているらしいスイミングスクールの話をする。 【「ゆきちゃんとかまりちゃんより上手になったよ。でも○○はね(自分のこと)クロールよりも背泳ぎが好き」。さらりと応えたお父さんのひとことがとても良かった。「ゆっくり泳ぐのが好きなんだね」。女の子はうんとうなずき、ついーとボードを蹴って前に行ってしまった。女の子のお父さんは、この何気ないひとことで、娘を誉めたわけでも彼女に同意したわけでもないけど、「ゆっくり泳ぐのが好き」な彼女を今知って、そして「ゆっくり泳ぐのが好き」な彼女のことをとても好きであると、きちんと娘に伝えていたと思う。ただ肯定する、愛情深さ。】(「愛ある言葉」) こうした場面に「愛」を思う感性に、彼女の親世代たる私は、靴下の片方だけでなく自分がいつ知らず失ってきたものを振り返る。24歳、同乗者事故により客死した小山田咲子さん。その文章から私は、静かな勇気をもらう。 * アルゼンチンに出発前の最後のブログに、咲子さんは「今回ほとんど行動予定は決まってないけど、久しぶりに会う大好きな人と過ごす時間がとれるかも、愛が甦るかを楽しみにしている」と記した。その、ほかならない「大好きな人」が運転していた車の──平原の中の一本道における──横転により、彼女だけが帰らぬ人となった。 この才能に溢れたくさんの可能性を持っていた美しい人が24歳と2カ月で逝ったのに、そうした命の輝きの、そして人の世の喜び・悲しみの由縁を、もう少しだけ余計に見届けてきたはずの者が、おめおめ、ぐずぐずとした生き方をすることはできない──というのが、私が自分自身へ突きつける「励み」だ。 ただしそれでも、「ゆっくり泳ぐ」ことを忘れたくない。 [10/16最終] →花乱社HP #
by karansha
| 2024-01-16 22:43
| 編集長日記
2024年 01月 14日
左手にある別室が印刷立会い者の控え室。
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by karansha
| 2024-01-14 22:27
| 編集長日記
2024年 01月 08日
●1月4日 東京より実家帰省中に一泊でやって来た長男のパートナーと孫を連れて、昨年、「油山牧場・油山市民の森のリニューアル」としてオープンした油山牧場へ。 福岡市のPRによると、 市域の3分の1を森林が占める福岡市では、森林の持つ多面的機能をより高めることによって、快適で豊かな市民の生活を持続的に支えることのできる環境を、次世代に残していくため、みんなで守り、楽しみ、活かす都市・福岡の森づくり「福岡グリーンネクスト」を推進しています。 そのリーディングプロジェクトである油山牧場・油山市民の森リニューアルについては、両施設をさらに魅力ある施設としていくため、昨年から九州旅客鉄道株式会社を代表とするグループとともに、一体的な運営を含めた再整備に取り組んでおりましたが、このたび、ABURAYAMA FUKUOKAとしてリニューアルオープンしました。 ということのようで、まあ、どんなものか覗いてみようかと。 詳しくは、https://www.fukuoka-now.com/ja/abybnf/を見てもらえばいいけれど、まあ、私には関係のない世界、と感じたことだけは確かだ。 この「ABURAYAMA Fukuoka」の施設屋上から市街地方向を眺めていて、ふと、逆方向に眼を転じると、「油山平成御廟」という大きな看板が眼に入った。 ちょうどこの施設の真向かい(背後)だ。 この霊園内の一郭に、かつての葦書房社主・久本三多氏が眠っていることを思い出した。 其処は「港が見える丘」の上ではないが、チラリホラリと花片(びら)を振り撒く桜樹の下であることは間違いない、久本氏のお墓をちょっと訪ねてみようという気持ちになった。 →桜樹の傍に眠る久本三多さん、そして週替わりの夕暮れ[1/25・27日]2017年 →久本三多氏のオルト邸、それに長崎チャンポン 2013年 私自身はこんな所に押し込められるくらいならどこかにばら撒いて欲しいけれど、永眠地のロケーションとしてはなかなかいいのかも知れない。 ●1月5日 まるでザトウクジラが浮かんでいるような。 穏やかに暮れて。 ●1月7日 昨年秋から「宗像泊まってんキャンペーン 第4弾」として宗像市内の宿泊施設の「宿泊助成&地域クーポン」が実施されているということで、県内近場だけれど、折角だからこの機会に筑前大島に行ってみようと思い立った。 中央部が御嶽山(みたけさん/224m)だろう。 適当にアップダウンもある。 島を縦断すれば、沖津宮遙拝所下の海岸。 如何にも玄界灘という感じ。 やや強い海風、次々に波が押し寄せてくる。 沖ノ島がくっきりと見える日はそう多くないらしい。 左手は地島。 灯台下からも遙かに沖ノ島が見える。 宗像神社中津宮。 そして渡船場に戻る。 昼食を含め、渡船場をスタートして2時間半か。 ちなみに昼食は、夜が魚料理で鳴らしている宿なのでチャンポンにしようと、渡船場近くの一角にある昔ながらの風情の喫茶店に入ったが、正月で麺屋が休んでいて麺が入荷していないので、看板商品の(らしい)チャンポンが作れない、とのことだった。 仕方なく焼き飯に(それなりに美味しかったので、チャンポンも期待していいはずだ…ヨイショ)。 ふと、店の壁の落書きを見ると、安部晋三・昭恵夫妻のサインが。 へえー、どうしてここに? と尋ねると、お忍びだったらしいのだが、この島で晩年を過ごして没した阿倍宗任(平安時代中期の武将、1067年に大島配流)の墓参りのつもりだったようだ。 なお、妻はチャンポン、夫は焼きそばを食べた、と(別に知らんけど)。 いつごろからだろうか、私は朝も好きになってきた。 さて、朝の9時から賑わっている道の駅を出た後、宗像の二日目をどう過ごそうかとぼんやり考えながら車を走らせていて、たまたま「新原・奴山古墳群」の看板が眼に入った。 この付近を走っていてこれまで何度か目にしてきたものではあるが、今日は天気も回復しそうなので散策にちょうどいいかな、と。 即ち私は、散策の起点・古墳群展望所に置いてあるパンフレットを見るまで、この辺り、それこそ昨日走り回った大島の宗像大社関連施設やこの新原・奴山古墳群を含む一帯が、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群としてユネスコ世界遺産となっていることを全く意識しなかった。 図らずも今回の宗像行は、福岡県内世界遺産の二つの内の一つ、その “王道” を行くような旅になった。 海に浮かぶのは、どこまでもやはり大島。 #
by karansha
| 2024-01-08 23:35
| 編集長日記
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